海には天使と悪魔が住むという。
寄せては返す波に足を濡らさないよう、気をつけながら彼と歩いた。
私達は海に嫌われている。
愛されている者達は航海でも漁でも安全と幸福を保証されているという。
私達はそのどちらも許されない。
海に落ちればたちまち波に飲まれ、翻弄され、この身は沈んでしまうだろう。
漁に出ても私達が手に入れるのは、徒労だけだ。
それでも海に惹かれるのは、潮騒と、波の煌めきと·····その深さに包まれたいからかもしれない。
繋いでいた手をほどいて、彼は数メートル先にある枯れ枝を拾い上げる。
座り込んで砂浜に何か書き始めた彼に、足を早めずに近付いた。·····足を早めたら彼に期待をさせてしまう。
私と彼の関係は、一言では説明しにくい。
先輩と後輩。
同僚。
悪友。
そして·····
「これが俺の本当の気持ち」
しゃがんだ彼の背後から、砂浜に書かれた文字を見下ろす。
『大好き。 愛してる。 ずっとそばにいて。』
何度も言われてきた言葉だ。
だが彼に、言葉を返したことは無い。
「なぁ!」
しゃがんだまま振り返った彼の目は、真剣そのもので――。もうはぐらかすのは無しだと訴えている。
「俺達ってさぁ·····っ、あ!あー!」
何なワケ?
恐らくこう続いたであろう言葉の代わりに、焦ったような声が上がる。
少し大きな波が打ち寄せて、彼が書いた文字を全て消してしまったのだ。
「·····返事はまた今度」
私は言いながらガクリと肩を落とす彼の頭をそっと撫でて、ゆっくりと歩き出す。
ちぇっ。
彼がわざとらしい舌打ちと共に立ち上がるのが分かった。
さっきより寄せ来る波が大きくなった気がする。
「·····」
私達は海に嫌われている。
END
「波にさらわれた手紙」
8/2/2025, 3:11:49 PM