へるめす

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そして霙ふり、
洟垂らして
――山村暮鳥「愛に就て」

自分の息の白さが、余りにも冷たく見えた。僕は仕事を終えると、衆目など一切構わずに、街の中を走っていた。

或る日のことだった。数年振りに会った中学の同級生から一本のカセットテープを手渡された。お前、これ憶えてる?――ラベルには拙い字で「The Beatniks」とだけ書いてあって、僕はほとんど自動的に、あぁ憶えてるよ。僕がダビングして君にあげたやつだろ。
けれども、言いながら仔細ははっきりとは思い出せずにいた。急に呼び出しといて、それだけ?――僕は手元のビールをゆっくりと傾けながら、そう訊いた。
おいおい、本当に憶えてないのかよ。友人は呆れたように言う。お前の青春の一頁だっていうのに――放送室のこと……ここまで聞くと、日々の仕事に倦み疲れていた、僕の昏い脳裡にも、ようやく事の全景が浮かんできた――今の今まで封じられていた苦い記憶というやつが――それから僕は友人に教えてもらった日時をメモすると、店を出た。

――岸壁に寄せて砕けるノイズのようなさざめきが、闡明する。

僕は何処をどう走ったのか。潮の香りのする一隅に座り込んでいた。やがて大きな倉庫の間をよろめくように歩いていくと、洞々たる波の向こう側に、街の燈が耀う。遠く、最終便だろう飛行機が飛んで行くのが見える。
臆病で、怠け者で、言い訳にまみれた生をやり過ごすように生きてきた僕は、君との約束さえ何もかも忘れてしまって、今もこうして、あの時と同じように、ただ情けなく叫ぶことしか出来なかった。
いつしか降り始めたみぞれに曝された僕の顔は、冷たく濡れている。


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愛を叫ぶ。

5/11/2023, 10:38:40 PM