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一輪の花……



私の実家の隣に

私より少し年上のお兄さんが住んでいた。



これは二十年ほど前の話だ。



ある日、母が洗濯物を干していた。

塀越しにお兄さんが花の世話をしていた。

お兄さんは一人暮らしだった。

玄関に、大きなカメを置いてメダカを育て

庭は花でいっぱいだった。



「綺麗ですね。」と母が花をほめると、

「たくさん増えましたから好きなだけ持っていってください。」

と、お兄さんは言ったそうだ。



母は遠慮しながら、その白い花を一輪だけ貰った。






その三日後





お兄さんの家に警察が入って行くのが見えた。





自殺だった。





メダカは引き取られて行った。

母は、当時お兄さんの異変に気づけなかったことを

とても悔やんでいた。


しかし、母に普段と同じように接し

悟らせないようにしたのは

お兄さんの気遣いだったのだろうと私は思う。




お兄さんの家は、今は空き家だ。

月に一度、お嫁に行ったお姉さんが管理をしに来る。



今でも春になると、庭には花が咲き乱れ

あの時くれた白い花も、元気に咲くという。

2/24/2025, 2:55:07 PM