ドルニエ

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 この部屋はいつでも暗い。だが、暗さにも色々あるから、日が出ているかいないかくらいは分かる。今は夜だ。
 私は常軌を逸した殺人狂らしい。おのが欲望のために数千の命を奪ったと。だがそれを知ったのは、お粗末な裁判が終わったあとの話だ。本当かどうかは私には分からない。思い出せない。気がついたらこの部屋にいて、鎧を着た屈強な男たちが、食事や日々必要なものを怯えながら運んでくる日々だった。この部屋の中で、絶対の孤独が守られるかぎりは私は自由だ。いつ起きてもいい。いつ食べても、いつ歌っても、いつ本を読んでもいい。それだけのものは揃っていた。
 窓には木の板がきっちりと打ちつけられているが、わずかな隙間から光が差し込むし、注意を凝らせば板のむこう側もかろうじて見える。ただしそこには城壁が控えていた。だから板などなくてもあまり意味がない。これも「裁判」の結果だ。
 さて――とベッドから立ちあがる。そのタイミングで扉がそっと叩かれる。食事だろうか。どうぞ、と応えると、あからさまに怯えた目をした若い兵士が、食事と、そのあとに抱えるほどの荷物を手に入ってくる。
 そこまで怯えることはないでしょう、そんなことを言っても、兵士は応えない。最小限のやりとりしか認められていないのもあるが、私と言葉をわすのも怖いのだろう。適当なものを求めると、お伝えします、マダム。とだけ彼は応え、ちょっと考える素振りを見せると、他になにかございますか、と若い声がわずかに柔らかくなった。いいえ、もういいの。ありがとう――そう返すと、兵士は顔を引き締め、かちりと礼をして部屋を辞した。

 翌月、この青年兵士と囚人とがこの部屋で遺体になっているのが見つかる。彼女たちの間でどんなことが起こったのかを知るもの、語るものなどいなかったし、このあと大きな展開をみせることはなかったが、この事件は司法の世界では少々問題になった。囚人と看守とが親しくなっていた、かもしれなかったからだ。といって、彼らにできることもない。これを防ぐ方法は、看守が人間でないもの、たとえば完全に自律する機械のようなものか、あるいは囚人を“壊して”おくかしなければ、ならないからだ。前者は夢物語だし、後者を採るには社会がまだ“人間的”すぎたのだ。かくして、真相も解決法も見いだせないまま、囚人の名と、その悪行だけを残して、この事件は忘れ去られることとなる。

 いつかこのおぞましい問いに解が見いだされることがくるのだろうか。

9/25/2023, 11:01:36 PM