G14(3日に一度更新)

Open App

152.『エイプリルフール』『大切なもの』『ひとつだけ』



 「芽衣、4月1日に飲み会をしないか?」
 3月下旬、俺は芽衣に飲み会の提案をした。

 飲み会をこの日に設定したのは、もちろんこの日がエイプリルフールだから――ではない。
 4月1日は俺と芽衣の誕生日。
 晴れて二十歳になる記念に『一緒に飲もう』と誘ったのである。

「はあー、鉄平には誕生日を祝ってくれる友人はいないのかしら。
 仕方ない、寂しがり屋の鉄平のために予定を開けることにしましょう」
 俺の提案に、不承不承と頷く芽衣。
 だがその言葉とは裏腹に、芽衣の顔は楽しそうだ。
 いつも辛辣な言葉を返す芽衣だが、なんだかんだで俺の誘いを断ったことが無い。

「嬉しそうだな。
 さては俺が好きだな?」
「あら、当然でしょう。
 出来の悪い弟分ほど、可愛いものは無いわ」
「たった5分先に生まれただけで偉そうに」
 俺は、いつもの芽衣の様子に安心しながらも、『弟分』と言う言葉にチクリと胸が痛んだ……


 俺と芽衣は幼馴染だ。
 生まれた時から一緒にいる。
 同じ病院で同じ日に生まれ、幼稚園から大学も同じ、なんなら受けている講義も一緒。
 人生の大半を芽衣と過ごし、家族といる時間よりも長く、一緒にいるのは当たり前。
 それが俺たちの距離感だった。

 とは言うものの、俺たちは恋人同士と言う訳ではない。
 あくまでも友達として、家族として付き合っている。
 これまでそうだったし、きっとこれからもそう。
 そう思っていた……

 けれど3か月前、芽衣が告白されている現場を目撃して、俺の心境は一変した。
 芽衣は断っていたが、俺の心中は嵐の様に吹き荒れた。 
 そこでようやく気付いた。
 俺が、芽衣のことを友人ではなく、異性として意識していることに……

 (他の男に芽衣を取られたくない)
 もし芽衣に恋人が出来れば、隣にはいられない。
 それを想像するだけで、耐えがたい苦痛であった。

 俺は二十歳の誕生日を目前にして、自分の恋心に気づいたのである。
 俺の願いはひとつだけ。
 芽衣と一緒にいる事だ。

 それ以来、それとなくアプローチをかけ続けたのだが、全く効果なし。
 一緒に過ごした時間の長さが仇となり、特別感を演出できないのだ。
 デートに誘おうにも、大抵の場所には一緒に行ったことがある。

 これはいかんと考えた末、思いついたのが酒の席だ。
 さすがの俺たちも、一緒に酒を飲んだことはない。
 いつもと違う雰囲気に、何かを変えることができるはずだ。

(俺はこの機会を利用して、二人の仲を進展させる)
 姉弟から恋人へ。
 俺は誓いを胸に、運命の日を待つ……


 ◇

 3月31日の深夜。誕生日を一緒に迎えるため、芽衣が俺の家へやってきた。
 俺は恋心から、芽衣は未知なる経験にソワソワしながら、日が変わるのを待つ。
 そして待つことしばし、スマホの時刻表示が4月1日になった瞬間、俺たちは缶ビールを掲げた。

「「乾杯!」」
 グビリと、缶ビールを一気に飲み干す。
 大人の象徴として、以前から憧れていた生ビール。
 だが初めて飲むビールは、想像以上に苦かった。

 こんなものを世の大人たちは好んで飲むのか……
 大人の階段を上ることに、少しだけ期待していただけに、俺の落胆は大きかった。

(芽衣はどうなんだろう)
 俺と同じように、がっかりしたのか。
 それとも美味しいと感じたのだろうか。
 それを尋ねるため、俺は顔を上げて――絶句した。

「おい、大丈夫か!?」
 芽衣の顔は真っ赤だった。
 とろんとした目つきで焦点が合っていない。
 俺の呼びかけにも反応せず、明らかに様子がおかしい。

 これはまずいのではなかろうか。
 酒一杯で酔っぱらう人間がいるとは聞いたことがあるが、まさかそれが芽衣だったとは……
 もはや告白どころの話ではなく、介抱が必要な状態だ。
 俺は水を持ってこようと、慌てて立ち上がったときだった。

「好き」
 背中越しに、芽衣のつぶやきが聞こえる。
 驚いて振り向くと、芽衣は呆けたような顔で座ったまま。
 言い方は悪いが、意味のある言葉を話せる状態とは思えない。

「……幻聴か?」
 いくら好きな女の子と一緒にいるからって、まさか愛の言葉を言われたと勘違いしてしまうなんて……
 酒が入ったことで、自分の願望と現実が一緒になったのだろうか……
 芽衣も弱いが、俺もアルコールに弱いらしい。
 お酒を控えよう。
 そう思い、ドアノブに手をかけた瞬間――


 芽衣に後ろから抱きつかれた。

「め、芽衣!?」
「好き」
 動揺している俺の耳元に囁く芽衣。
 まさか幻聴ではなかったとは……
 俺が驚愕して動けないでいると、芽衣は背中に指で文字を書き始めた。

『スキ』
 心臓が跳ね上がる。
 芽衣がこんなに甘えてきたのもそうだが、『好き』と愛を囁いてくるも初めてだ。
 普段とは違いすぎる芽衣の様子に、俺は恐怖する。
 お酒、なんて恐ろしいんだ。

(これ以上芽衣の好きにさせては、俺の理性が持たない)
 そう思った俺は振り返り、芽衣を視界に収める。
 これで芽衣が何をしてきても、対処できる。
 客観的に見て不審者のような格好で芽衣と対峙した。

 そんな俺を、芽衣は潤んだ瞳で俺を見つめ――
「ん」
 そして閉じた。

「えっと、芽衣?」
 意味が分からず呆けていると、芽衣は不機嫌そうに、
「ん」
 と言って唇を突き出した。

 ……これはあれですかね。
 キス待ちってやつですか?

 怒涛の展開についていけない俺。
 こいうのって、お互いが好きであることを確認してからじゃないのかな。
 俺が古いのかな……?

「芽衣、さすがにこういうのは……
 うわっ」
 煮え切らない俺に業を煮やしたのか、芽衣は動いた。
 ドンと、壁に腕を突き出して俺の退路を断つ。
 いわゆる壁ドンである。

「ん」
 俺の答えは不要と言わんばかりに、徐々に迫って来る芽衣の顔。
 え、もしかして俺の唇奪われちゃう!?

 どうにかしないと思うが、まったく思考が纏まらない。
 俺の大切なものを守るために行動を起こすべきとは思うが、体が金縛りにあったように動かない。
 俺が葛藤している間にも、芽衣の顔は徐々に近づいて来る。
 やがて芽衣の熱い吐息がかかるほど接近し――

 ―ゴン。
 俺の耳元に、鈍い音が聞こえた。

「へ?」
 恐る恐る視線を向けると、そこには壁に頭突きをかまし、いびきをたてて寝る芽衣の姿があった。
 少しの間呆けた後、俺はようやく自身の身に平和が訪れたことを理解した。

「疲れた」
 安心したからか、酒が回ったからか、俺は芽衣につられるように、眠りにつくのであった。



 目が覚めると、部屋に日の光が差し込み、雀が鳴いていた。
 そして隣には眠っている芽衣。
 朝チュンである。
 ……なにも間違いは起こらなかったけれど。

 気怠さからぼんやり天井を眺めていると、芽衣がごそごそと動き始めた。
 もうすぐ起きるらしい。
 俺たちは睡眠リズムも同じなのだ。
 起き抜けは気だるいのも一緒だ。

 だが、今日の芽衣は跳ね上がるように芽衣は体を起こした。
 驚いて、芽衣を注視する。
 
「あれ、嘘だからね!」
 開口一番そんな事を言い出す。
 一瞬何を言っているのか分からなかったが、昨日のことを言っていると合点がいった。
 だが――

「そうはならんだろ」
 俺は忘れていない。
 芽衣が『好き』を連呼した事実を。

「あれ、どういう意味なんだ?」
 本来は俺が言うべきだった言葉を、なぜ先回りして言ったのか?
 これまでも冗談で言われることはあったが、まるで恋人に囁くように言われたことは無い。
 これから芽衣との仲を進展させるためにも、はっきりとさせる必要があった。
 今の状況を打破するヒントがあるかもしれないからだ。
 取り調べをする刑事の様に俺が睨むと、芽衣は激しく目を泳がせた。

「エ、エイプリルフールだからいいの!
 だから全部嘘!
 あんたなんか全然、これっぽっちも好きじゃないんだから!」

4/11/2026, 4:48:59 AM