152.『エイプリルフール』『大切なもの』『ひとつだけ』
「芽衣、4月1日に飲み会をしないか?」
3月下旬、俺は芽衣に飲み会の提案をした。
飲み会をこの日に設定したのは、もちろんこの日がエイプリルフールだから――ではない。
4月1日は俺と芽衣の誕生日。
晴れて二十歳になる記念に『一緒に飲もう』と誘ったのである。
「はあー、鉄平には誕生日を祝ってくれる友人はいないのかしら。
仕方ない、寂しがり屋の鉄平のために予定を開けることにしましょう」
俺の提案に、不承不承と頷く芽衣。
だがその言葉とは裏腹に、芽衣の顔は楽しそうだ。
いつも辛辣な言葉を返す芽衣だが、なんだかんだで俺の誘いを断ったことが無い。
「嬉しそうだな。
さては俺が好きだな?」
「あら、当然でしょう。
出来の悪い弟分ほど、可愛いものは無いわ」
「たった5分先に生まれただけで偉そうに」
俺は、いつもの芽衣の様子に安心しながらも、『弟分』と言う言葉にチクリと胸が痛んだ……
俺と芽衣は幼馴染だ。
生まれた時から一緒にいる。
同じ病院で同じ日に生まれ、幼稚園から大学も同じ、なんなら受けている講義も一緒。
人生の大半を芽衣と過ごし、家族といる時間よりも長く、一緒にいるのは当たり前。
それが俺たちの距離感だった。
とは言うものの、俺たちは恋人同士と言う訳ではない。
あくまでも友達として、家族として付き合っている。
これまでそうだったし、きっとこれからもそう。
そう思っていた……
けれど3か月前、芽衣が告白されている現場を目撃して、俺の心境は一変した。
芽衣は断っていたが、俺の心中は嵐の様に吹き荒れた。
そこでようやく気付いた。
俺が、芽衣のことを友人ではなく、異性として意識していることに……
(他の男に芽衣を取られたくない)
もし芽衣に恋人が出来れば、隣にはいられない。
それを想像するだけで、耐えがたい苦痛であった。
俺は二十歳の誕生日を目前にして、自分の恋心に気づいたのである。
俺の願いはひとつだけ。
芽衣と一緒にいる事だ。
それ以来、それとなくアプローチをかけ続けたのだが、全く効果なし。
一緒に過ごした時間の長さが仇となり、特別感を演出できないのだ。
デートに誘おうにも、大抵の場所には一緒に行ったことがある。
これはいかんと考えた末、思いついたのが酒の席だ。
さすがの俺たちも、一緒に酒を飲んだことはない。
いつもと違う雰囲気に、何かを変えることができるはずだ。
(俺はこの機会を利用して、二人の仲を進展させる)
姉弟から恋人へ。
俺は誓いを胸に、運命の日を待つ……
◇
3月31日の深夜。誕生日を一緒に迎えるため、芽衣が俺の家へやってきた。
俺は恋心から、芽衣は未知なる経験にソワソワしながら、日が変わるのを待つ。
そして待つことしばし、スマホの時刻表示が4月1日になった瞬間、俺たちは缶ビールを掲げた。
「「乾杯!」」
グビリと、缶ビールを一気に飲み干す。
大人の象徴として、以前から憧れていた生ビール。
だが初めて飲むビールは、想像以上に苦かった。
こんなものを世の大人たちは好んで飲むのか……
大人の階段を上ることに、少しだけ期待していただけに、俺の落胆は大きかった。
(芽衣はどうなんだろう)
俺と同じように、がっかりしたのか。
それとも美味しいと感じたのだろうか。
それを尋ねるため、俺は顔を上げて――絶句した。
「おい、大丈夫か!?」
芽衣の顔は真っ赤だった。
とろんとした目つきで焦点が合っていない。
俺の呼びかけにも反応せず、明らかに様子がおかしい。
これはまずいのではなかろうか。
酒一杯で酔っぱらう人間がいるとは聞いたことがあるが、まさかそれが芽衣だったとは……
もはや告白どころの話ではなく、介抱が必要な状態だ。
俺は水を持ってこようと、慌てて立ち上がったときだった。
「好き」
背中越しに、芽衣のつぶやきが聞こえる。
驚いて振り向くと、芽衣は呆けたような顔で座ったまま。
言い方は悪いが、意味のある言葉を話せる状態とは思えない。
「……幻聴か?」
いくら好きな女の子と一緒にいるからって、まさか愛の言葉を言われたと勘違いしてしまうなんて……
酒が入ったことで、自分の願望と現実が一緒になったのだろうか……
芽衣も弱いが、俺もアルコールに弱いらしい。
お酒を控えよう。
そう思い、ドアノブに手をかけた瞬間――
芽衣に後ろから抱きつかれた。
「め、芽衣!?」
「好き」
動揺している俺の耳元に囁く芽衣。
まさか幻聴ではなかったとは……
俺が驚愕して動けないでいると、芽衣は背中に指で文字を書き始めた。
『スキ』
心臓が跳ね上がる。
芽衣がこんなに甘えてきたのもそうだが、『好き』と愛を囁いてくるも初めてだ。
普段とは違いすぎる芽衣の様子に、俺は恐怖する。
お酒、なんて恐ろしいんだ。
(これ以上芽衣の好きにさせては、俺の理性が持たない)
そう思った俺は振り返り、芽衣を視界に収める。
これで芽衣が何をしてきても、対処できる。
客観的に見て不審者のような格好で芽衣と対峙した。
そんな俺を、芽衣は潤んだ瞳で俺を見つめ――
「ん」
そして閉じた。
「えっと、芽衣?」
意味が分からず呆けていると、芽衣は不機嫌そうに、
「ん」
と言って唇を突き出した。
……これはあれですかね。
キス待ちってやつですか?
怒涛の展開についていけない俺。
こいうのって、お互いが好きであることを確認してからじゃないのかな。
俺が古いのかな……?
「芽衣、さすがにこういうのは……
うわっ」
煮え切らない俺に業を煮やしたのか、芽衣は動いた。
ドンと、壁に腕を突き出して俺の退路を断つ。
いわゆる壁ドンである。
「ん」
俺の答えは不要と言わんばかりに、徐々に迫って来る芽衣の顔。
え、もしかして俺の唇奪われちゃう!?
どうにかしないと思うが、まったく思考が纏まらない。
俺の大切なものを守るために行動を起こすべきとは思うが、体が金縛りにあったように動かない。
俺が葛藤している間にも、芽衣の顔は徐々に近づいて来る。
やがて芽衣の熱い吐息がかかるほど接近し――
―ゴン。
俺の耳元に、鈍い音が聞こえた。
「へ?」
恐る恐る視線を向けると、そこには壁に頭突きをかまし、いびきをたてて寝る芽衣の姿があった。
少しの間呆けた後、俺はようやく自身の身に平和が訪れたことを理解した。
「疲れた」
安心したからか、酒が回ったからか、俺は芽衣につられるように、眠りにつくのであった。
◇
目が覚めると、部屋に日の光が差し込み、雀が鳴いていた。
そして隣には眠っている芽衣。
朝チュンである。
……なにも間違いは起こらなかったけれど。
気怠さからぼんやり天井を眺めていると、芽衣がごそごそと動き始めた。
もうすぐ起きるらしい。
俺たちは睡眠リズムも同じなのだ。
起き抜けは気だるいのも一緒だ。
だが、今日の芽衣は跳ね上がるように芽衣は体を起こした。
驚いて、芽衣を注視する。
「あれ、嘘だからね!」
開口一番そんな事を言い出す。
一瞬何を言っているのか分からなかったが、昨日のことを言っていると合点がいった。
だが――
「そうはならんだろ」
俺は忘れていない。
芽衣が『好き』を連呼した事実を。
「あれ、どういう意味なんだ?」
本来は俺が言うべきだった言葉を、なぜ先回りして言ったのか?
これまでも冗談で言われることはあったが、まるで恋人に囁くように言われたことは無い。
これから芽衣との仲を進展させるためにも、はっきりとさせる必要があった。
今の状況を打破するヒントがあるかもしれないからだ。
取り調べをする刑事の様に俺が睨むと、芽衣は激しく目を泳がせた。
「エ、エイプリルフールだからいいの!
だから全部嘘!
あんたなんか全然、これっぽっちも好きじゃないんだから!」
4/11/2026, 4:48:59 AM