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青い世界にいた。

これが比喩とかなら美しいのかもしれないけれど、デッサンや白黒写真を全部青に置き換えたような、そんな感じ。
とりあえず、想像できるほど美しくないってこと。

視界に広がるのは小さめの部屋。
6畳間ほどの部屋だ。子供が使うような木の丸椅子と、それより二回りほど大きいスクエアテーブルと…カーテン側に立つ1人。
少し前まではよく私をなんとも言えない顔でみていて、少し気味が悪く思っていたが、最近は他のことで忙しそうだ。

人はやたら難しそうな顔で、手に薄っぺらい板をもち、目の前のこれまた薄く四角い板に向き合い、何かを乗っけては塗って、時々鋭利なものに持ち替えてを繰り返していた。

私の目には全てが青色でその差が押し測れないのが惜しいなと思う。でもその人の表情はだんだん柔らかくなっていくあたり、思い通りの状態になってきているんだと思う。


突然その人の動きが止まった。どうらや目の前の板が完成したようだ。何かはわからないけど、嬉しそうな表情を見る限り、私も嬉しいよ。

不意にこちらをみて、来た。
私を抱えた人は明るい場所に私を持って行って



思い切り分断した



ばきん!と大きな音を立てて、私は綺麗に真っ二つになった。
そうか、さっきこの人が見つめていた板が、この人が本当に求めていたものだったのか。
私は無意識に、この人に私が必要だと勘違いしていた。

仕方のないことだと思う。本当に必要なものが現れたのなら、それを大切にしてあげないと。じゃあ、私は失敗だったのかぁ。
この人は多分私を作った人だ。あんまり覚えてないのは、同じ色の絵の具を沢山塗りすぎて、視界がおんなじ色、青色になってしまったからだ。よく見えなくてごめんね。

燃やされていることに気がついた。
この時初めて、自分に描かれたものを知った。



思い出した。
そうか、この人は……



炎で燃やされている時、青い絵の具が溶けて、私に駆け巡った。
そういえば、私が物置から引っ張り出された時、この人はずぶ濡れで、外から帰ってきたままでも構わず、私を描いてたっけ。

初めてみた世界は、私の青い世界にそれはふさわしいものだった。それ以外を見つめたことがあまりないから断言するのはおかしいのかもしれないけれど、一粒一粒がプリズムの様に光っては消失する様が、この世で1番美しいと思った。

でも青い視界の、私の青の下には、当時のこの人の心を表すかのような、淡い淡い桃色が塗られていた。

多分そのプリズムはこの人がこの桃色の人と過ごした時間や思い出で、枷になってようやく今、さよならできるんだね。
大丈夫、あの雨と一緒に、ちゃあんと桃色も持っていくよ。



ようやく前に進めるんだね。
私はあなたを支えられたんだね。
おめでとう。
私を作ってくれて、ありがとう。
愛してるよ。



次々に溶け出すさまざまな青は、あの日の雨を彷彿とさせた。

どうかあなたの中の私が、いつまでも美しいままで。




「通り雨」より

9/27/2022, 12:34:56 PM