喰われる、と思ったときには腹のなかにいた。
5時のチャイムの音色が夕闇の一点に消えていく、瞬きのあいだのことだった。
じめじめと生い茂る雑草が、棒になった足に絡みついて、冷たい鉄の味が口に広がってゆく。
何も考えられない頭に、「ドーカ」と声が響いた。
私の名前じゃない。どこの国の言葉だろう。何度も折り重なるように、思考のオブラートを分厚くしていくように私は「ドーカ」で埋め尽くされる。
ドーカ
ドーカ
ドーカ
助けて
ド ー カ
ド ー カ
お願い
ド ウ カ
ドウカ
同化。
その瞬間、ばちんと何かが弾けた。
嫌だと叫びたかった。ここから出してと口にしたはずなのに。頭とは別に、咄嗟の言葉が身体からでた。
「違う、私じゃない。」
頬にそよぐ風に気づいて目を覚ますと、冷たい
空気が肺に流れ込んでくる。
大きな黒い顔が3つ、私を覗き込んでいた。
「目を開けたぞ」
「頭打ってるんだ、動かすんじゃない」
「今、救急車を呼んでるから。」
空がゆっくりとまわっている。筋をひく雲が生クリームみたい。星がちらちらと浮かぶ紺色のソーダに溶けてゆく。視界の端には、ジャングルジムが黒々とそびえ立っていた。その横で友だちが泣きじゃくっている。
そうか、私、あれから落ちたのか。
小さい頃からよく通っていた公園がつぶされて、もう5年になる。老朽化が原因だった。それなのに、なぜかジャングルジムだけが壊されずにそこにあった。
面白半分だった。小さい頃のようにテッペンまで登ってみたくて、学校帰り友だちをつれてここへ来た。夕陽を背に、しんとして立ちすくむ錆びた鉄の塊が、少しだけ、何だか生き物みたいだと思ったのだ。
結局、私は頭を数針縫った。ジャングルジムはテープでぐるぐる巻きにされていて、あの場所は不良の溜まり場になった。そして、やはり壊されない。
多分、私と友だちだけが知っている。
私はあの日、確かにジャングルジムに食べられかけた。だから今、生きているんだと思う。今でもあれは錆びつきながら、「ドーカ」を待っている。
9/24/2023, 4:50:28 AM