「夜が明けた。」
全ての電気を消してベッドに潜りこむ。
真っ暗だ。瞼を閉じているのか開けているのか分からない。豆電球をつけないと眠れない人もいるといるが、僕の場合はうっすらと視界に入るモノが眠りを妨げる。
研ぎ澄まされる感覚の中で、ひんやりとした布団に体を縮こまらせて耐える。少し震えていると冷たさがそれほど気にならなくなる。
人生もこんなものか。
新しい環境に飛び込みもうすぐ1ヶ月になる。
学生の頃のように気心が知れた仲間と馬鹿なことをして笑っていた時から、ビジネスという計りかねる距離感で責任を果たさないといけなくなった。
最初こそ戸惑ったものの今では自分の性格も受け入れてもらえてる気がする。
今日だって、いつも通り会議の議事録を取るだけの仕事だったが、部長に声をかけてもらった。
「君最近入った若手だよね。議事録取ってるの?」
部長は忙しい人でなかなかオフィスでは見かけない。今日は珍しく会議に出席していた。若い頃から苦労してきた叩き上げで仕事は厳しく指摘をするが、話せばただの気のいいおじさんということはなんとなく知っていた。
「はい。自分はこれくらいしかできることがないので、雑用なら任せてください!」
にこにこと答えた。明るくて謙虚なやつと思われただろう。
部長もじっと僕の顔を見て「お、じゃあ雑用のプロとして期待してるよー」と言ってくれた。
ただ少し気になるのが、雑用のプロという言葉だ。やけに棘を感じる言葉だ。一瞬まずいことを言ったのかと思ったが、思い当たる節はない。
…いやもしかして、議事録係を雑用と言ってしまったのがまずかったのか!?
だから雑用のプロなんて言葉をかけられたんじゃ…
僕は焦って寝返りを打った。心臓が大きな音を立て始める。目を開けているのか閉じているのか分からなくなってきた。
いやまさかそんなわけ。議事録はだれでも書けるから何もできない僕でもできる仕事としてやらされているはずだ。
寝返りを打つ。
それに部長の表情は笑っていた気がする!皮肉のつもりではなくて冗談で言っていたはずだ。
寝返りを打つ。
しかし、もし雑用と割り切って仕事するんじゃなくて、そういう細かい仕事から成長しろよという風に思っていたとしたら…
寝返りを打つ。
まあ、明日先輩にそれとなく聞けばいい。先輩だって若手の頃があったんだから。
そんなことよりそろそろ寝ないとまずいのでは。明日も朝早くから仕事がある。
寝返りを打つ。
あれ、待てよ?いつもどんな体勢で寝てたっけ?
寝返りを打つ。
気付けばカーテンから青白い光が漏れ出し、ようやくまぶたが開いていたことに気付いた。
4/29/2025, 11:42:44 AM