「好きです。」
目の前に立つ女子の手が微かに震えているのを見て、僕は天を仰いだ。
だってまさか、自分がいるところで友人に告白する者がいるとは思わないだろう。余程自信があったのだろうか。
学年一の美女と思春期の男子共が噂するほどの美貌を持つ彼女は、顔を赤く染めたまま友人と向き合っている。恋愛のれの字も見えない友人に告白する勇気は称えるが何も僕の前じゃなくても良かっただろ。
「お前誰だ?」
ほら、こうなるから。
もう一度言おう。友人は恋愛のれの字もないのだ。
つまり、女の子に興味もなければそういう思考さえ持ち合わせているか分からない。
顔を上げて、え?と笑顔を引きつらせる女子に心の中でドンマイと囁きながら、現実逃避をすべく僕は彼らから目を背けた。隣からは名前を名乗る声と、で、誰?という無慈悲な言葉が聞こえてくる。
こうなるから嫌なんだよ。友人の告白現場は。
パンッと静かな会話に一際甲高い音が響いた。
小さいうめき声と共に走り去っていくような足音が聞こえてきて、僕はやっと友人に視線を戻す。
「いってぇ。」
頬を擦る友人に、つい重いため息をついてしまった。
「なんでいつもそういう告白の断り方すんの?」
本当は知っているはずなのに、どうして知らないふりをするの。そう続いた僕の言葉に、友人は彼女が走っていった方向を見つめたまま。
「振られんなら最低なヤツからの方がスッキリすんだろ。」
と呟いた。友人の恋愛遍歴など知りはしないが、どうやらそう考えるほどの情はあったらしい。
へー。モテ男は違うね。と言おうと口を開いて、彼の顔を見た瞬間その言葉はただの呼吸とかした。
「心臓が握りしめられて何も出来なくなるよりは、めちゃくちゃ幸せな失恋の仕方だろ。」
歪な微笑みと共に揺れる瞳は、彼が失恋の経験者なのだと物語っていた。
【失恋】
6/4/2023, 10:07:27 AM