「いよいよ結婚かー」
伸びをしながら、彼女は夕暮れを歩く
「結婚式の前日に男と2人で歩いていいのかよ?」
「大丈夫大丈夫、彼その辺寛大だし。それに私を寝盗る度胸なんてないでしょ?」
僕は何も言わない。
「ねぇ、幼馴染の結婚前夜ってどんな気分?」
こっちの気も知らないで、無邪気にそう尋ねてくる。
「別に普通だよ」
何も変わらない。普通の1日。そのはずだ。
「ふーん」
彼女はつまんなそうに前を向く。少し先を歩く背中。なぜか話しかけるのを躊躇ってしまう。
「そっちこそどうなんだよ? 緊張とかするものなんじゃないの?」
「……してるよ」
歩みを止め、真顔で振り返った。真っ直ぐこっちを見つめる目に、一瞬ドキッとする。
「また向こうの親に会うのも正直嫌だし、挨拶とか段取りとか覚えること多いし、ドレスちゃんと着れるかどうかもわかんないし……」
堰を切ったように愚痴が漏れ出す。きっと、誰にも言えなかったんだろう。自分にだけ明かしてくれたことを喜ぶべきなのか、いまいちわからない。
「だからさ、君といる時くらいは、いつもの自分でいたかったんだ」
気付けば家の前に着いていた。何度も行ったことのある彼女の家が、なんだかよそよそしく見える。
「じゃあ、また明日。私の晴れ舞台、ちゃんと見ててね」
なんて返事したかは覚えていない。上の空で家に戻り、自室に上がった。たった独り。
暗い部屋が涙で滲んでいく。何で泣いてるのか、自分でもわからない。わかりたくなかった。
『涙の理由』
10/11/2022, 5:30:08 AM