愛とか恋とか世の中はそんな言葉に溢れ,意味も分からぬまま 簡単に人々はそれを囁き合う。
そうして伝えられた,インスタントで借り物な 使いこなせもしない道具 ”あい”と呼ばれる何かに縋って溺れ狂い散る。
それが人としての幸福なのだと盲目の彼らは口々に言い募る。束の間の夢の中 一時の物語に固執しながら。
これは,”あい”を知らない誰かのストーリー。
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「......あなたのことずっと好きでした。付き合ってくれませんか」
柔らかな翠の香りを運ぶ風のなか,そんな言葉を伝えられた。目の前に緊張した面持ちの見知らぬ誰かの影がある。
「ごめんなさい。あなたのこと知らないから」
先程名乗られた名前と見た目 それだけの情報の中で付き合うという選択肢は浮かんでくるはずもない。ありきたりな言葉に,ありきたりな返事を返し 呆然と黙りこくってしまった相手を置いてただ踵を返す。
よくあるいつもの,つまらないやり取りに終止符を打つ。それだけの行為。
「……なんで どこが好きなの?」
ふと生じた疑問に足を止め,気まぐれに視線も合わせず問い掛ける。当然で意地の悪いそんな純粋な質問。揺らぐ瞳をただ見つめて どんな発言をするのかと首を傾げる。
「理由はありません。いや,わからないのかもしれない。好きなところは沢山あるけれど,1番は真っ直ぐなところ。決して目をそらさないから」
「理由はない? 言葉にできないということ? 自分の感情なのに?」
曲がりなりにも告白をしてきた相手に問い詰めるようなことではない。まして,不完全でも誠実な言葉を返した目の前の人物には。
けれど,聞いてみれば案外答えに近づけるのでは そんな期待に押され口早に尋ねた。
「ええ。そこまで言葉巧みに話せませんから。あなたも,何故そんな質問をしたのかと聞かれても明確には答えられないでしょう?」
「……そうね。けれど,あなたは愛を語るのに説明は出来ないの? 」
知識欲 探究心 好奇心 それらを言語化してみろと言われたところで出来るわけもない。そう言われてしまえば納得するしかないが,けれどそれでは意味が無い。
「多分したところであなたには響きませんから。知りたいのなら,この手をとるほうが効果的ですよ」
「そういうもの? 充分巧言な気がするけれど」
よほど真っ直ぐな視線を向けて微笑む目の前の相手。それはどこまでも自信ありげで傲慢な,けれど凛として気高い表情。真実かはわからずとも嘘のないそんな言葉は決して不愉快ではない。
結局 愛も恋も語らない,いわゆる普通のそれを信じていないであろう相手の口から出てきたものでも。
「その手を取ればわかると言うの?」
「少なくとも何もしないよりは。後悔はさせません」
絡み合った視線は随分と鋭く 切っ先を向け合うかのような錯覚を起こす。どうあっても愛の告白なんかではない。精々が契約の誘いに過ぎない。
それでも。
「そう。なら,あなたを信じることにする。……よろしく」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
花のように笑ったその人物を眺める。さっきまでの冷静さと子供のような今の態度。その違いが感情に寄るものだとしたら,確かにヒントぐらいにはなるのだろう。
「……期待してるから」
これはただの取引。もしくは賭けのようなものだろう。欺瞞と打算に満ちた愛の真似事。
だって,互いに愛を知らない。きっと身勝手に相手を思うことしか出来ない。それも自分の為だけに。
でも。だからこそ,”あい”とやらを語らい試すには丁度いいのかもしれない。そんなふうに思えた。
テーマ : «I Love......»
1/29/2023, 11:32:13 AM