冬野さざんか

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 一年前の夏も暑かった。
 ソーメンを啜る夜にふとそう思った。めんつゆから持ち上げたソーメンを一時停止させて、それからめんつゆの中に帰した。生たまご入りのめんつゆ、おばあちゃんには受け入れてもらえなかったな。信じられないものを見る目で見られて、でも別に何をいうこともなく、一緒にソーメンを食べたっけ。
 隣でカランと氷が鳴った。グラスいっぱいの水に緩んだ氷が鳴いたのだ。クーラーが効いた部屋でも、グラスは結露から逃れられない。冷たい水で喉を潤す。
 一年前の夏、おばあちゃんがいない初めての夏だった。なんだか夏が空っぽになって、私にはもう夏は来ないのだと思った。実際にはそんなことまったくなくて、また夏は来て、私はこうやってソーメンを食べているけど。
 一年前、一年前、一年前が積み重なって、ほんの一年分の過去を見ながら、きっと私は未来へ行くのだろう。
 一年前の私が、一年前を見て泣きじゃくっていたように。今の私がソーメンを啜っているのを、来年の私は思い出すだろう。……たぶん。

「1年前」

6/16/2024, 12:53:15 PM