「買ってきたよお、ケーキ」
無味乾燥な部屋に、底抜けに明るい声が響く。
上半身を起こしたベッドの上から月を眺めていたわたしは、声のする方を見ずに「ありがとう」と返事をする。
彼はわたしが心ここにあらずなのを慣れきっているように、ケーキの箱をテレビ台の上に置いた。
「うわあ、綺麗な三日月」
窓辺に寄った彼が、素直に感嘆の声を上げる。
「さっきまで見えなかったのよ」
教えると、彼は相変わらずの明るさで「そうなの?」と言った。言いながら、ケーキの箱の封を切っている。
彼が留守にしていた少しの間、確かに夜空に浮かぶ月はレースのカーテンのような雲に覆われており、その姿を隠していた。
けれどわたしは彼の性格を知っている。
月見を口実に食べる団子は好きだが、月自体にはそんなにこだわりを持たないことを。
取皿にケーキを取り分けた彼は、わたしにフランボワーズのムースを差しだしてきた。
淡い紅色のムースの上に、濃い紫のグラサージュがかかったそれをぼんやり眺めていると、彼がプラスチックのフォークと紙皿を落とさないようにひっしと握らさせてくる。
ブルーベリーや木いちごの載ったそれを、どうしてもおいしそうと思うことはできないまま、私の手は止まっていた。
ムースなら食べられそう。
そう言ったのはわたしだ。これはここ最近食が細いわたしのために、彼がわざわざ買ってきてくれたケーキだった。
こみ上げてくる嘔吐感から顔を背けるべく、窓の外へ目をやった。たぶん、彼にはわたしの隠したい気持ちなどお見通しなのだろう。
「……あ」
「どした?」
モンブランを頬張っていた彼が口に物を入れながら喋る。
「また見えなくなった」
自分では気づいていなかったが、明らかに落胆していたのだろう。彼に名前を呼ばれて、窓の外にやっていた目を彼に移す。
彼が指さしている先には、半分ほど食べかけたモンブランがあった。
「見てコレ。黄色いし、なんか三日月そっくりじゃね?」
6/30/2025, 1:18:10 PM