「……今日はまた、随分と酷いね。」
目の前で俯く彼の顔を覗き込むようにして、僕は呟いた。
彼が視線を落とす机には、マジックペンで書かれた罵詈雑言の数々。幼稚な語彙に、乱れた筆跡。誰が書いたかも分からない。
「やっぱり先生に相談しなよ。」
僕がそう言うと、彼は更に首を下に向けた。
「……したよ、とっくに。」
少しだけ顔を窓の方に向けた彼の声は小さくて、少しの物音でもかき消されてしまいそうだった。
「じゃあなんで……」
「……誰がやったかも分からないのに対応はできないって。」
なんともまぁ薄情な教師だ。しかし、教師の言い分も別に間違っているわけでは無い。下手にクラス全体に呼びかけなんてしたら、きっといじめっ子気質な男子たちは面白がって便乗するだろう。予め、いじめをしそうな者たちに聞き込みをしても同様だ。
無闇に触れて悪化させるくらいなら、いっそ何もしない方がマシだ、そう考える大人の思考は、微塵も間違ってはいない。
「……なんで、僕ばっか……」
ぽつりと溢れた彼の言葉は、語尾が小さく揺れていた。ちらりと視線をそちらに向けると、ぽたぽたと小さく音を立て、きらきらとした水滴が何粒も机に叩きつけられて水溜まりを作っていく。静かな教室に彼が鼻をすする音がやけに響いて、それがかえって静寂を際立たせていた。
ああ、やっぱり彼の泣き顔は、涙は、必死に押し殺すような泣き声は、どんな芸術作品より美しい。
僕は溢れそうになる愉悦の笑みをなんとか押し殺し、あたかもいじめられっ子を心配している良き友人のような顔を取り繕う。黒の油性ペンでめちゃくちゃにされた机も、毎日引き出しや上履きに詰められている画鋲やゴミも、ゴミ箱に捨てられた教科書も、びしょびしょにされた体操着も。全部、僕が仕組んだこと。
僕は彼の背中を優しくさすりながら、明日は何をしようか、どうやって彼を泣かせようか、知略を脳裏に巡らせていた。
テーマ:美しい
1/17/2026, 7:42:50 AM