その日は晴れと晴れの間を作るような短い雨が降った。
咄嗟に何かなかったかと鞄の中を探ると折り畳傘が見つかった。たしか数ヶ月前に使ったきりで奥に眠っていたそれはいつの間にか汚れていた。
数字が散りばめられた変わった柄に錆びた骨組み。人には見せられない物になったそれを恥を感じながら差し、いつもより早足で帰宅した。
水滴を払い玄関で傘をどこに置こうか考えたとき。目に映るその汚さに悲しみを憶えた。それが幼い頃に貰った母からの譲り物だということを思い出したからだ。今の自分では選ばない柄の訳がわかった。
この傘は何回雨を凌いできたのだろう。昔の記憶を重ねていくうちに母との思い出が浮かぶ。遠足の日に雨足が早まったときに一応と渡された。珍しい柄だと喜んでいた私を見て母も喜んでいた。
記憶が綺麗なほど目の前の汚れが私を責める。私は物を大切にできない。それは昔から母に指摘されてきたことだ。大人になった今でもそれは変わらなかった。変えられていなかった。大切な人からの物も大切にできない。
沈んだ意識がしばらく続いた後にふと外の雨音が聴こえなくなったことに気付いた。そうだもうしかたない。誰もいない玄関でごめんなさいと呟き折り畳んだ傘をゴミ箱へ捨てた。
薄情者は今も度々思い出す。あの短い雨が知らせたことを。
降り止まない通り雨。
5/26/2024, 6:22:17 AM