「先輩、もう卒業ですね」
「うん」
窓を開ければ今にも綻びそうな蕾の青い匂いの風がカーテンを揺らす。
春めいた柔からな日差しが私達二人を包み込むように優しく照らしていた。
いつになく穏やかな時間は嫌でも別れのときが近いことを意識させられる。
「寂しいです」
「電話するから」
素直に溢せば、優しく笑って宥めるような言葉が返ってくる。
それが寂しい。
からかいと呆れの装飾が外された振る舞いは、よく知っていたはずの彼を遠くの存在に感じさせる。
心臓から目頭へと熱が込み上げてきて、今にも涙に変わってしまいそうだ。
「お前も来るか」
多分これが最後のチャンスなのだ。
言葉を変えて何度も差し出されてきた、別れを遠ざけることができる選択。
わかっているのに動けない。
首をほんの少し動かすだけでいいのに、まるで冬が帰って来てしまったかのように冷たい日差しが私を縫い留める。
「なんてな」
「私には夢がありますから」
何度も返した言葉を吐き出す。
いつものように返せただろうか。
彼を見ていることができなくて、ようやく動けるようになった体で窓の外、どこか遠くを見やる。
「電話くださいね」
「うん」
「待ってますから」
「うん」
「メールもチャットも……手紙だってほしいです」
「全部送るよ」
優しい言葉はさよならにしか聞こえなくて、速くなる鼓動が目から涙を押し出した。
ぼやけて何もかもが混ざり合う景色の中で、よく知っている手の温かさだけが私が縋れるすべてだった。
8/8/2024, 9:56:48 AM