(暗めの話だと思います。そして精神的にも、重たいかもしれません。語り人が。)
拝啓、貴方へ。
私、来世でも、貴方とまた巡り会いたいと思います。それはきっと、必然であり、運命なのだと思います。
巡り会いとは、長い間会わなかった者同士が会うこと、らしい。
私は、長い間あっていない貴方のことを思い出した。
教室の隅、廊下側の1番後ろ端に座る私の真反対、つまり窓側の1番後ろに座り、本を読む姿を。細く美しい健康的な指でペラペラとページをめくり、本に落としていた目は稍々伏し目がちだった。時々、そちらに目と意識をやり盗み見ていて気付いたのだが、目にかかった髪の毛の奥の顔立ちは童顔さが滲み出ていた。低く耳奥に木霊するような低い声からは、あまり想像の付きにくい顔立ちだったのでよく憶えている。
友人達とお話している時は、その低い声で赤ちゃんのように笑う(今で言うバブみのある笑い方というのでしょうか。)ので、そちらのギャップへの心の対応も、少々大変なものだったのも覚えている。
私は、貴方に恋していたようにも思います。
もしくは、ただの興味だったのかも知れません。しかし、そんな過ぎ去った感情の名前を探しても、もうその面影は懐かしさにしかならないのだから、どうしようも無い。
貴方は、よく図書室に居た。だから私は、貴方の後を追ってよく分からぬ本達を適当に表紙や題名で選び、貴方を眺められる席へ座り、適当に選んだ本達をペラペラとめくっていた。
たまに、ちらりと姿を盗み見ては、前髪や睫毛に隠された黒く暗く美しい瞳を恋しく思った。
或る日の事だった。
いつもの様に本を適当に表紙や題名で選んでいた私の後ろから、盗み聞きしていた声が聞こえてきた。
「お前、最近よくここに居るな。」
驚き、困惑、焦り、悲鳴、全てが混じって、この世のものと思えぬ声が出てしまう。遠くの方で、作業をしていた図書委員の人がチラッとこっちを見て、また瞬時に興味を失ったようで作業に戻っていった。
「あ、あの、私別に不審者とかじゃありませんから。」
「知ってるよ。それよりも、お前の持ってるその本。」
「本?」
手に持った私の隠れ城となる本を見た。特に何の変哲もない、他の本と何ら変わらぬ本だ。これが、どうしたと言うのだろう。
「それ、俺が一番好きな本。めっちゃ面白いから、ちゃんと読んでみろ。」
「いや、私、本とか読めないんで、」
「じゃあ何でいつも大量に本選んでんだよ。」
じとり、と視線を向けられる。いつも大量の本を持っていってたのバレてたのか。と少し恥ずかしくなり頬に熱が集まった。
しかし、私は本当に本が苦手なのだ。読む意味を感じない、といえば攻撃力の高い言葉になってしまうが、読んでも私の体から汗のように、呼吸のように抜け落ちて言ってしまうのだ。
「う、いや、眺めるのが好きで、」
「ふぅん?勿体ねぇな。本ってのは、他人の人生を覗き見るチャンスなんだから、読めるだけ読んどいた方が、得じゃねぇ?」
「いや、だって、結局私、覚えられないので」
「じゃあ、俺が教えてやるよ。覚えられるまで。」
へ、と空気に近い声が出たのはあの時が初めてだった気がする。現実の貴方は、盗み見ていただけの貴方よりも、少々強引な男なのだと思った。けれど、そこも嫌いではなかった。
教えてやるよ。覚えられるまで。
その言葉通り、私は次の日から貴方の好きな本を一緒に読むようになった。ページをめくるのが遅い私にも、何も言わずただ横に座りじっと本を見て、時折、窓の方へ視線を投げて居たようにも思える。どこか、悲しそうな顔をしていた。
私が漢字に苦戦していると、横からスっと読み方を教えてくれたりもした。
例えば、「吐露」。私が、「は、はくろ?はろ?」と唸っていると、横から「とろ」と。私は思わず「何故急にマグロ?」と言ってしまった。そしたら、「急にマグロの話する訳ないだろ。読み方だよ。」と、童顔を更に幼くさせる笑顔で言うから、思わず胸が高鳴ってしまった。
そんな日々を何週間か続け、やっとの事で私は1冊を読み終えた。分からない言葉も、読めない漢字も多かったが、アシスタント機能性能抜群の人間が横にいたので、何とか読み進められた。
初めてだった。1冊を読み終えたのは。
初めてだった。本を面白いと思ったのは。
人の人生を覗き見る、と言った貴方の言葉がやっと理解出来た気がした。自分の知りえない知識、生き様、人間との関わり方、キラキラした世界を、一気に得た気分だ。人と出会い、話す以外での、自分を知り他人を知る機会なのだろう。
本はただ、並べられた文字を読み、「面白かったな」で締めるだけのものでは無いのだと、恥ずかしながら私は初めてその時に知ったのだ。
もうすぐ、夏休みが始まる、7月下旬の事だった。
貴方はよく言っていた。
「この世界は、あまりにも面白くなさすぎる。」と。
「本の中で見たこの世界は、キラキラと光り輝いていた。けど、やっぱ、それは誰かの目から見た、盗み見た人生だったからなんだよ。」
耳に木霊するような、低い声がなんだか震えていたような気がして、少し胸騒ぎがした。
そんなことないよ、世界はきっともっとキラキラしているんだよ。貴方は素敵だ。なんて言うには、あまりにも私は世界を知らなすぎるから、言葉を呑んだ。
貴方が死んだ。本の積み上がった自室で首を吊ったらしい。
それを聞いたのは、夏休みが終わった8月末。
いつもにこやかな先生が、緊張を含んだ顔つきで語る事実たちは、容赦なく私を地の底へと落とした。そっと、いつも貴方が座っていた席へ目をやる。
そこには、いつもと変わらぬ席が佇んでいた。ただ、貴方がそこに居ないだけ。
その後からは、悲しんでいた皆が嘘かのようにいつもの日常が戻っていた。緊張を含んでた先生の顔は、またいつもと変わらぬにこやかな顔に戻っていた。だから、貴方が居ないのは、たはだの風邪何じゃないかって錯覚してしまう。期待してしまう。
けれど、そんな期待も虚しく、残酷にも季節は過ぎ去り私達は卒業を迎えた。
やはり、そこにも貴方は居なかった。
私、未だに貴方がオススメしてくれた本を読んでいるの。
貴方が読んでいた本も、覚えてる限りを読んだ。読めない漢字も、貴方の代わりにスマホや辞書に教えて貰って読んだ。
キラキラとした世界は、現実のどこにもありませんでした。
それは、貴方が居なかったからかも知れません。
色の無い、面白味も無い現実を、貴方が居ないまま過ごす事を考えるだけで、私は吐き気がするのです。
だから、貴方と同じ方法で終わりを選ぶことに致しました。
死ぬる理由も死因も、同じ人間が行き着く未来はきっと同じだと思うんです。必然でもあり、運命だと、思います。
だから、私来世でも、いいえ。来世がなくても、貴方とまた巡り会いたいと思っております。巡り会うと思っております。
そこが例え、地獄の果てでも。
嗚呼、でも地獄はもぬけの殻で、全ての悪魔は地上にいるとどこかに書いてあったので、きっとそこでは私と貴方、2人きりかも知れませんね。
そしたら、またあの図書室での日々のように、2人でキラキラとした世界を、除き見でもしましょうか。
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この中の貴方は、何を見て何を思い、何をしたかったのか、また別の機会にかけたら、良いなと思います。もっと、しっかりと、身の丈に合う言葉を使って、分かりやすく。
本にのめり込んでいました。
本の中の世界は、キラキラです。いつでも。重たい話の中でさえ、著者の感性で、キラキラメラメラと。何でもない日でも、一際違って見える。それが羨ましい。私には、その才能もその感性もないのだから。
これは、きっと、この中の貴方も思っていたのかも知れません。
10/3/2023, 5:18:06 PM