もち

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#神様が舞い降りてきて、こう言った。



『もっと頑張りなさい。
 怠け心はいけません。
 おまえは善良で勤勉な人間なのだから。
 大丈夫、おまえなら必ず、できますよ』


悪魔がやってきて、ささやいた。


『そんなに躍起になって、何になる?
 おまえがどんなに頑張ったって、
 おまえの限界は知れてるんだ。
 適当でいいのさ、世の中ぜんぶ。
 良い子ぶって、笑っちまうぜ!』


悪魔の言葉に腹を立てて、
彼は握りしめたハンマーを、思いっきり壁に振りおろした。
ピシピシと亀裂が走り、
世界が粉々に砕け散った。


そうして、彼は
生まれてはじめて、
頭の上の青空から、明るい陽光が射すのを見た。
粉々になった檻の欠片が、
夏の終わりの蝉の死骸のように、
足元いっぱいに転がっていた。



神様がやってきた。
いつものように微笑んでいるその顔は、
ダンボール紙でできたお面だった。


「もっと頑張りなさい。
 怠け心はいけません。
 なんて怠惰な人間なんだ。
 おまえの本性はクズなのに、
 努力すらできないなんて、情けない」


悪魔がやってきた。
見慣れたその顔は疲れ果てていたが、
黒い服を着ているだけの、ふつうの人間だった。


「そんなに躍起になって、何になる?
 人間の体には、限界があるんだ。
 人間の心にも、限界があるんだ。
 適当でいいのさ、世の中ぜんぶ。
 おれはようやく、それがわかったよ」



彼はその場に立ち尽くして、
ぽろぽろ涙をこぼした。
彼の手から、重たいハンマーが滑り落ちて
足元にちらばる檻の死骸を、枯れ草のように吹き飛ばした。
 








7/27/2024, 6:23:30 PM