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 「じゃあ、行ってくる。サヨナラじゃないよね。また、会えるから。」
 そう言ってアイツは行ってしまった。駅のホームに立つ、服の脱げたあの木だけが私を見透かしている気がした。

 アイツとは所謂幼馴染という関係だった。生まれた病院が同じだった、家が近かった、そんな理由だけで。
 小さい頃はよく遊んでいたと思う。竹馬をしたり、チャンバラをしたり。田舎で自然がたくさんあったから、水切りをしたり、木登りをしたりもした。そういえば木から降りれなくなって、泣きべそをかいた事があった。その時アイツに助けてもらったっけ。まあ、そんな仲だったのだ。

 小学校に上がってから、同級生にからかわれる事もあったけど、関係性は変わらなかった。

 何かが決定的に変わってしまったのは、中2の冬だった。アイツはバスケ部のエースだった。成績も良くて、容姿端麗。女子が見逃すわけがない。
 私は次第にアイツを避けるようになった。女子たちはアイツの隣にいる私をよく思って居なかったと思う。邪魔者だと言ってるのが聞こえたこともあった。
 友達のみーちゃんは、「そんな奴らのために避けることないよ」と言ってくれたけど、避けた理由はそれじゃない。
 耐えられなかったのだ。器用でみんなから好かれてて、存在がキラキラしてるアイツを見るのが。私は不器用でどんくさくて、ダメダメだったから。
 そんな時にアイツに告白した子がいた。女バスのエースだ。アイツらはおめでたく付き合った。
 最初の頃は、「何で避けるんだよ」とか言ってきたけど、「彼女さん、心配するでしょ」と言うと、それ以来、アイツも私に関わらなくなった。

 私は、地元の高校に進学した。アイツとアイツの彼女も。中学と同じ面子ばかりで、「変わらないじゃん」とみーちゃんが嘆いていた。
 それでも、行動範囲は広がるし、バイトもできるしで、毎日が楽しかった。繁華街に出てカラオケに行ったり、新幹線で東京に旅行に行ったり。もちろんみーちゃんと一緒に。
 それは、アイツも同じだった。高1の夏、花火大会に行った。せっかくだから浴衣を着ようとなって。当日になってお母さんに言ったから、「もっと早く言いなさい」と怒られた。でも、ちゃんと着付けしてくれた上に髪まで結ってくれた。神社に着いて、「何から食べる?」なんてみーちゃんと話している時、彼女と歩くアイツをみた。アイツも私を見てきた。何か言いたそうだったけど、足速にその場を去った。彼女はりんご飴を食べていたから、気がつかなかっただろう。
 ただみーちゃんだけが、寂しそうな瞳を私に向けていた。

 それから日々は過ぎて高3の秋。私は地元の信用金庫に就職が決まった。みーちゃんは近くの大学を受験するらしくて、「しばらく塾ごもりで遊べないよー」と項垂れていた。
 その日の夜ご飯、お母さんが「俊平くん、東京の大学受けるみたいよ」と言った。「へぇーアイツ、東京行くんだ。」その時はそう思った。

 「そろそろ卒業だねー」教室でそんな話題が飛び交うようになった。みーちゃんもアイツもクラスの皆んなの進路が決まって、自由登校になってたけど、全員登校していた。ただ一人を除いて。それは、アイツの彼女だった。アイツと同じ東京の大学を受けたけど落ちてしまって。みーちゃんと同じ所に行くと友達に話しているのを聞いた。
アイツと離れ離れになってしまうから、別れるんじゃないかと噂になっていた。でも、アイツは友達に聞かれても何も答えなかった。

 卒業式が終わった。「来春から社会人か」と気が重くなった。せめてこの期間だけは、と布団でぬくぬくしながらスマホをいじる毎日を送っていた。
 お昼ご飯を食べ、今日もぬくぬくしようと自分の部屋のドアノブに手をかけた瞬間、チャイムがなった。

 「お母さん、洗い物してるから出てー」

全く素晴らしい計画がパァじゃないか。でも出ないとなー。どうせ宅急便だろうと禄に確認もせずに、ドアを開けると、アイツがいた。

「あ」

「あって何だよ、おばさんいる?」

アイツはちょっと笑っていた。

「俊平くん久し振りね」

いつの間にかお母さんが後ろにいた。
アイツは挨拶に来た。今日、もうここを発つのだと。わざわざ菓子折りを持ってきて。
 アイツが「そろそろお暇します。」なんて空気を出した時、「せっかく何だからお見送りしなさい」と唐突にお母さんが行った。アイツは申し訳ないと言ってたけど、お母さんの一歩も引かぬ態度に根負けして最後には、逆に頼んでいた。

 アイツの隣にいるのなんてものすごく久し振りで。しかも二人きりなのだから緊張して、何を話せばいいのか丁度いい話題がなかなか思いつかなかった。
 しばらく私とアイツの足音だけが鳴っていた。
林さんの家を通り過ぎたとき、アイツが突然立ち止まった。

「どうしたの」

「俺、別れたんだ。」

噂通りになったんだ。

「遠距離はできないって言われてさ。浮気なんてしないって言ったけど、そういうことじゃない。私、恋愛したいのって言われて。俺、利用されてただけなのかな。今までの日々って虚構だったのかな。」

 なんて言っていいのか分からなかった。こんなに思い詰めているアイツを見たことがなかったから。
 アイツが再び歩き始めたから、それに置いてかれないように私も後を追った。駅に着いた。電車はもう10分後に来てしまうという。

 かれこれアイツとは18年も一緒に居たんだ。私の人生にはいつもアイツが絡んでいた。これからはもう交わらなくなるんだと思うと、胸が締め付けられて、鼻の頭がツーンとなった。私は知らず知らずのうちに話し出していた。

「バカ」

アイツが目を丸くした。あれ、私暴言吐いた?でも話しだした口は止まらなかった。

「今までの時間が虚構なわけないでしょ。なにめそめそしてるの。私たちにはこれからしかないんだから、過去を嘆いてる暇なんてないんだから。」

アイツはしばらくポカーンとしていたけど、何度かうなづいて私をまっすぐ見つめた。

「やっぱ話して正解だったわ。背中押してくれてサンキュ。」

 かん高い音が鳴り響いた。そろそろ電車が来る。アイツが旅立つ。
 アイツは私に背を向けて歩き出した。
ドアの前に立つと振り返った。晴れ晴れした顔だった。そしてこう言った。

「じゃあ、行ってくる。サヨナラじゃないよね。また、会えるから。」


11/14/2024, 8:10:29 AM