白井墓守

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『月夜』

月夜、僕は恋をした。
それは禁じられた恋だった。

○○○

「ねぇ、忍者さん。あなたはお肉とお魚、どちらが好きなの? 私はお肉かしら、特に鶏肉が好きよ」
「……僕は魚です。特に鮭が好きです。身離れが良く食べやすいので」
「あら、そうなの。ところで——いつ、私の事を殺すの?」
「……もうちょっと」

まぁ、とコロコロと笑う姫の姿がある。
黒曜石のような吸い込まれそうな瞳に、ぬばたま色の漆黒の夜のような長い髪。
この世ならざる美しい女人。豪華展覧な金糸や銀糸の着物は、まるで夜空に輝く星々のよう。
チラリと覗く華奢な躰は真っ白くて、雪のように繊細に見えた。

「あら、もうすぐ朝だわ?」
「……また明日」
「ええ、また明日。忍者さん」

○○○

いくつの夜をそうやって過ごしただろうか。
あぁ、こうなることは必然だったのだ。

「裏切り者。姫諸共、お前を殺す!!」
「……」
「あらあら」

僕と同じ格好をした忍者。
しかし違うのは性別と、殺気を纏っているかどうか。

「まあ。あのクノイチさんは、殺す気まんまんね?」
「まずはお前からだ! 死ね、姫!!」
「!!」

体が勝手に動いた。
気がつくと、クノイチの彼女は床に倒れていた。
床には赤い血液が広がっている。

「あら、いいの? お仲間だったのでしょう?」
「……もう違うでしょう。殺しに来たんですから」
「まあ、たしかに。でも、いいの?」

つぶらな瞳がこちらをジッと見つめる。
どうにも居心地が悪い。

「はい。いいんです、もう」
「そう、そうなのね……」

「……ゅる、なぃ」
「?」

ふと聞こえた声に後ろを振り向く。

「お前だけは殺す!! 裏切り者!!」

あっ、しまった。
クノイチの最期の攻撃に、僕は動けなかった。
……僕は死ぬだろう。
でも、それでいい気がした。
だって僕には帰るところが無いし、いつまでも姫のところに居る訳にはいかない。
僕は闇の住人で、姫は光の住人。住む世界が違うのだ。

「あらあら、駄目よ」

だから、こそ、意味が分からなかった。
自分が生きていること。
……姫の頭から狐のような耳と尻尾が見えていることに。

「化け、もの……」
「あら、人殺しに化物って言われたわ」

姫は相変わらずコロコロと笑っている。
人間の頃と何も変わらなかった。
ただ、耳と尻尾が生えただけだった。

「ねぇ。私と一緒に来ない?」
「……え?」
「私。このお城も、もう飽きちゃった。旅に出ようと思うの」

着いてきて下さる? の言葉に、僕は「はい」と答えた。

「まぁ良かった、荷物持ちが欲しかったの!」

コロコロと笑う姿に見惚れる。
……どうやら僕が恋した相手は人間ですら無かったらしい。

これから、僕と姫の珍道中の旅が始まる。


おわり

3/8/2026, 1:10:09 AM