お題〈愛を叫ぶ。〉
吐きそうだ。
僕の目の前にあるのは、彼女の死体。
僕が。
この僕が。
この手で、人を殺めたのだ。
彼女をお風呂場の湯船に沈め、首を絞めた。
彼女は、水の中にいるというのに、それでもやめてと、口を動かしていた。
それだというのに、僕は手を離すことは無かった。
だって、菊がいけないのだ。
僕以外と会うから、話すから、愛想を振りまくから、期待するようなことを言うから。
だから僕は、殺人を繰り返していた。
菊と話したヤツも、菊と浮気をしたヤツも、菊と、菊と…!
みんなみんな、殺したんだ!
でも菊がいけないんだ。話さないでと言ったのに、笑って済ましたし、浮気を叱っても、笑って済ます――。
菊は昔からこうだ。
自分の罪を認めず、誰にでも好かれようとしていた。
完璧を求めすぎなんだよ。
でも、そんな彼女が好きだった。
大好きだった。
愛していた――。
だからだよ。だから、菊を殺した。
皆に愛されようとする菊を、助けるために。
人に縛られる人間を僕は救った。
神から反対されていたとしても、俺は聞く耳を持たなかった。
仕方ないでしょう?
だって。
だって僕は人間に恋をしてしまった天使だもの――。
僕は、菊が零歳の頃から近くで見守ってきた。
クラスの男子に虐められて帰ってきた菊を毎日慰めていたのも、悩み相談を夜に聞いてあげていたのも、怒られた時慰めていたのも、みんなみんな、僕だった。
そうして、菊と関わっていくうち、菊と恋人という関係になれた。
まあ、その瞬間から神からは見放されていたと思うけど。
仕方ないことだ。セミロングの黒髪も、ブラックホールのように黒い大きな目も、調度良い薄さの唇も、全部全部好きになってしまったのだから――。
にしても、僕は馬鹿だ。
天使だというのに、人間を殺した。
そんなの堕天使じゃないか。
どうか、どうかこの最低な天使を殺してくれ――。
でも、そんな願いは届かない。
僕は天使で、他の人間からは見えていない。
だからきっと菊が死んだ理由は、ひとりで溺死したということになる。
僕は、僕は、どう反省すれば良いのだろうか。
神から見放された僕を叱ってくれるヤツなんていやしない。
でもね、菊。
こんな僕にも言えることがある――。
聞くの努力は僕にだけは伝わってたよ。
テストがある三ヶ月前から勉強していたことも、足が遅いと言われて、毎日家の周りを走っていたことも、鏡の前で笑顔の練習をしていたことも、流行りに乗るために、興味も無いSNSをダウンロードしていたことも、全部全部。
だからね、怒っていないのなら、生まれ変わったらまた会いたい――。
そして、僕は見つけた。
前世、僕が愛していた菊を。
今世も、前世と変わらず、人間に縛られているんだね。
だから茶トラ猫に生まれ変わった僕は、菊の制服のスカートを噛み、引っ張る――。
「はぁー?馬鹿猫!可愛いと思ってたのに…」
菊は、僕に向かって暴言を吐いた――。
あーあ、もう!なんだよ。俺、菊の本当の姿を知らなかったよ――。
「…猫ってモンシロチョウ食べるんだ…。なんか、お前みたいでばからしいや。退部届でも出そー」
なんだ。堂々と生きれてるじゃんか。だから僕は菊には伝わらない猫語で言う。
「菊が、楽に生きられてて、僕良かったよ。最低だけど言うね。殺してよかった」
そして僕は、その言葉の後。菊の後ろ姿を見ながら。
「愛してる!」
僕は愛を叫んだ。
これは、小さな猫の体なりの叫びで、愛の叫びに種類も、大きさも、形も何も無いのだ。
フィクション。(小説初心者)前回のモンシロチョウと繋げてみました!
5/11/2024, 10:54:17 AM