「君さ、ヴォーカルをやってよ」
それが音楽フェスという今日の祭りのきっかけだ。
友達とたわいのない話をしている俺にその子、りんは
いきなりスカウトしてきた。
始めはただの逆ナンかと思った。
歌に自信なんてないし、
もっぱらの聞く派だから歌詞もろくに覚えてない。
バンドのライブに行ったことなど一度か二度くらい。
それなのに、りんはのちにわかることだけど
俺のポテンシャルを掘り当てた。
数日後、顔を合わせたバンドメンバーは全員女だった。
本名を伏せる代わりにニックネームで呼び合っているらしい。
りんも本名ではないと本人が言った。
俺はハルキという偽名を名乗った。
初めて入ったスタジオに入ったとき、
その場にいる楽器たちに圧倒された。
初めてだった。
ドラムのどっしりとした佇まいをこんな間近で見たのは。
「早速だけどハルキ、何か歌って?」
ギターのルリが言った。
でも、俺が覚えているのはJ-POPの有数の一番の歌詞とそのサビだけ。
それでもいいと彼女たちは口を揃えていった。
俺が適当に曲名を告げ、演奏が始まる。
本人のように思い切って歌える自分に歓声が上がった。
そして、満場一致でヴォーカルの担当が俺に決定した。
俺はりん達の足を引っ張らないよう必死になって練習した。
カラオケにも行ったし、バンドのライブの映像を見て真似をした。
インディーズのバンドのライブにも参加してイメトレもした。
最低でも週に2回はみんなで音合わせをした。
スカウトされ、バンドのヴォーカルという役割を与えられた三ヶ月後の初夏。
初めて音楽スタジオでルナが作詞、作曲した曲で披露した。
そのときの歓声に対する喜びに俺は達成感を感じた。
りんの本当の目的は、それではなかった。
その一ヶ月後の夏にオーディションを兼ねた音楽フェスに挑んだ。
結果は残念に終わったが、今までのどんな夏祭りよりも
この音楽フェスは俺にとっては、忘れられないお祭りだ。
7/29/2024, 6:33:04 AM