ななし

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19.幸せとは

 刺すような明るい光に、グッと体を押さえつけられるような感覚。突然の事で一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐに元いた世界に戻ってきたのだと理解できた。

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 この世界から感情という不完全なものを消し、新たに完全な世界を創造する。アカギはこの夢を実現するために二体の伝説のポケモンを利用しようとした。空間を司るとされる「パルキア」、時間を司るとされる「ディアルガ」。この二体を使役するために多くの時間と資金が必要だった。
 計画の第1歩として、資金や手駒を集めるためにギンガ団という組織を立ち上げた。表向きの事業内容は新エネルギーの開発とし、ここを隠れ蓑に様々な実験を行ってきた。集まった部下たちは不完全な感情に支配されており、醜く、そして扱い易い。不完全な感情は他人に付け入る隙を与えてしまう。
 計画は順調に進んでいった。三体の湖の精から赤い鎖 ── モンスターボールと違いポケモンの本来のちからを制限せずに使役することができる道具 ── を作り出し、途中にチャンピオンと謎の少女に計画の邪魔をされたりもしたが、遂に二体の伝説のポケモンを使役することに成功した。
 さあ後はこの世界を作り替えるだけだという、そんな瞬間、アカギは謎のポケモンによって謎の空間(やぶれたせかい)に引きずり込まれてしまった。そこは元の世界からは隔絶された、世界の反対側のようだった。物理法則が働いておらず、浮島があちこちに浮かんでいる。そこから流れ落ちる水は止まることなくどこまでも流れてゆく、そんな世界だ。

(あぁ、私の計画はすんでの所で何者かに阻まれてしまったのか。もう少しで感情のない完全な世界が完成し、このどうしようもない絶望や怒りに苛まれることも永遠に無くなっていたのに……)

 ここからどうすることも出来ないことを悟ったアカギは浮島からこの不思議な空間へと身を放った。全方向から引っ張られるような、押されるような、不思議な浮遊感を感じつつ、アカギは目を閉じた。

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(もうこちらの世界に戻ってくることもないだろうと思っていたのだがな)

 送りの湖で目を覚ましたアカギは行くあてもなくシンオウ地方を徘徊していた。やぶれたせかい で廃人になりかけていたアカギにもう一度計画を立て直すだけの情熱は最早ない。もはや自動駆動人形と同じだった。そんなアカギに声をかけてくる者もいない。
 そんな状態で1週間ほど過ぎた頃、どこかで聞いた声に呼び止められた。

「アカギさん!?」

 振り向くと「感情は大切だと思う」という一心で、アカギの計画を阻止しようと何度も立ち向かってきた、謎の少女ことヒカリが立っていた。その横で相棒であろうエンペルトがこちらを威嚇してくる。ポケモンを自分自身の一部としてとらえ、自身の力と考えているアカギと違い、ヒカリはポケモンへ愛情を持って接していた。

「アカギさん、どうやってこっちに帰ってきたんですか」

そう問うてくるヒカリの目にはうっすらと涙が浮かんでおり、声は少し震えている。まるでずっと心配していたんだと言わんばかりだ。

「なぜ君が私のことを気にかけているのだ。かつての悪人が目の前に現れたのだから、驚きこそすれ泣くことはないであろう」
「そんなことないです!アカギさんが やぶれたせかい
に消えてから、シロナさんは私に『これで良かった』『よくやった』って言ってくれたんですけど、この結末にどこか納得いかなかったんです。それにロトムや228番道路のおじいさんも……」

 ヒカリの正義感はとても強かった。無意識のうちにアカギのような自分と相反する理想を掲げる者ですら救おうとするほどに。
 それはそうとして228番道路の老人にアカギは心当たりがあった。いつかのタイミングで縁を切った親族の一人である祖父。アカギが感情を恨むようになった理由、親やロトムのこと。

「どうやら私の居ないうちに余計な知識をつけてきたようだな。ただもし私のことを救おうなどと考えているなら、それは余計なお世話以外の何物でもない」

「それでも、今も昔もアカギさんは全然幸せそうじゃないどころかなんだか苦しそうだから」

「自分の幸せを犠牲にしてまで他人を助けるなんてのは本末転倒なんじゃないのか」

「私はこの世界の全ての人を救うことはできないだろうけど、私の知っている人だけでも幸せでいてくれたら、それがわたしの幸せだと思うんです。」


「だから、だからチャンスをください。絶対にアカギさんを幸せにしてみせますから」

1/5/2025, 8:21:08 AM