鶴森はり

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正直

「正直に生きている、と君は胸張って言えるかい?」
「そんな人間この世には存在しない」
 悲観的になるつもりも、世を憂いている気もない。だが、純白で居続けるの夢のような話だ。今どき、深窓のお嬢様でも不可能に近い。
 家族、友達、知り合い、上司に至るまで人付きがあれば、嘘は必ずつく。大きいか小さいかの違いくらいしかない。
 そう、目の前で優雅に気取ってソファにゆったり腰掛ける男に告げる。いけ好かない男だと睨みまでつけた。
 すると男は、実につまらなげに溜息をつく。君にはがっかりだよ、という副音声まで聞こえてきそうだ。
 大仰な動きに鼻白む。この男の仕草はいちいち癇に障るので話するのは疲れが貯まるのだ。できるならば、対応したくもない。
「そんなやぐされてて大丈夫かい。まだ二十代だろう」
「そっちこそ、三十代の男が正直に生きられる幻想をいだける脳内お花畑で大丈夫ですか」
「口が悪いね、慎みは持つべきだ」
「女だからとか男だからと区別するのは古い考えです。ナンセンスにもほどがある」
「僕は女だからとは言ってないよ。人間は平等に慎みというのを学ぶのが大事だと思っている。区別しているのは、そう曲解した君の方だろう」
 やはり。この男とは一生気が合わない。いや意気投合できるやつなどいるのだろうか。いたとしたら。
 そこまで考えて頭を振る。恐ろしい妄想だ、絶対あいたくない。
「’正直者というのはね、嘘なんて関係ないのだよ」
「はい?」
「君は正直だよ。とてもね」
 にこりと微笑んだ男の思考など読めない。
 だがそれこそ嘘だと叫べない。男は、心底そう思っている。もう、何度も、何度も言われたから。
「君は嘘をつけない」
「嘘ついてます。今日だって」
「いるんだよ。どれだけ嘘をつこうと、正直になってしまう不器用な人間は」
 女を遮って、全てを見透かしたような瞳を向けて、邪気なく微笑んだ。

6/2/2023, 4:32:25 PM