過ぎた日を想う
一時停止を無視した車と交錯した瞬間、ここまでかと悟った。宙を舞うバイクと僕の体。時が止まったような意識の世界で、過ぎた日の記憶が蘇る。
最初に見えたのは、親から譲り受けた重たいパソコンを触る僕。真っ赤になったり真剣な表情になったりして、慣れない指遣いで小説を書いている。思ったままに世界を創り上げていた自分が少し羨ましい。決して読み返してはならない禁断の時期だ。
次に見えたのは高校生の僕。文章の練習がてら、毎日日記を書いた。初めこそ評論文のような鹿爪らしい文を書いていたが、まもなく恋心に乗っ取られる。婉曲表現すら思いつかないほど真っ直ぐな思いを書き綴っている。書くよりも声に出して伝えた方がいいと思う。三年間の日記は実家の本棚の奥深くに封印されている。
最後に見えたのは、いつかわからないがパソコンに向かっている僕だ。上手い文章とは何か、面白い文章とは何かを見失い、書くことを躊躇っている。それでも、本心から創作の奥深さを楽しめている。大丈夫。楽しんで書き続けることが上達への近道だ。
頑張れよと思った僕は、ああ、もう書けないのかと思った。残念ながら体の感覚がない。救急車のサイレンが聞こえる。
こっちだよ、とどこからか声がする。
「楽になる? それとも、苦しくても此岸へ戻る?」
彼岸はすぐそこだった。振り返ると、遠く流れの向こうに此岸があった。
泳いで戻るには大変だ。体にのしかかる重圧に、もういいかと思った矢先、此岸のそばに、闇の原稿と日記が置いてあるのが見えた。
「あ、戻ります」
爆速で泳いで戻ると、白い天井が見えた。
10/6/2024, 3:32:36 PM