-ゆずぽんず-

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生きていれば誰かのあたたかい気持ちを受けることは少なくはないと思うが、同じようにあたたかい気持ちでなにかをしてあげたいと思ったことはとても多異様に感じる。幼少の頃より周囲のあたたかく優しい心に触れてきたが、そのどれもが見返りを求めるものではなく慈悲や慈愛、或いは単に親切心からなるものだったと感じている。そしてどんな言葉も気持ちも、相手を想うという素直なものだったようにも思う。私もまたそう感じて心から嬉しく思ったし、この喜びをほかの誰かにも共有したかった。共感して欲しいという思いと、自分が受けた親切心の心温まる気遣いを誰かにしてあげたいと思った。時にお節介と思われようが迷惑だと思われようが、誰かに喜んで欲しい。私が味わった喜びと嬉しさ、温かさと見返りを求めない優しさを同じように誰かに注ぎたかった。だから毎日誰彼構わず声をかけ、手伝いを申し出たり話を聞くなどしてきた。驚く人、戸惑う人もあったが皆一様に最後は笑顔を見せ「ありがとう」と笑った。
「恩返し」という言葉は、誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。実際に、恩を受けた相手にその恩を報いて返すことを考えたことのある人は多いのではないだろうか。例えばの話になるが、イベント事であるないに限らず、ひとから頂き物をしたときに機会をみてお礼をしようと考えるだろう。それは単なるお礼であるように思えるが、その実は「どんなものを贈れば喜んでくれるだろうか。何をしてあげれば嬉しいだろうか」と相手の気持ちになって考えたりする。相手の喜ぶ顔を思い浮かべ、あれこれ考えては想いをめぐらせる。友や知人から受けたものを以上に、相手の幸福を考えるのはとても素晴らしい事だ。恩返しと言うと難しく考えてしまうかもしれないが、実のところ恩返しというのは自分自身が与えられ、または施された善意に感謝し相手を想うことだと私は考えている。「恩」と言う言葉だけが独り歩きしているが、深く考えることは無い。されて嬉しかった、有難かったというその喜びをそっくりそのまま返すだけなのだ。バレンタインデーに女性からチョコを頂き、それは女性が義理で用意したのだとしてもその心遣いや頂いたという事実は嬉しいものだ。そしてそれを返したい、喜んで欲しいと思うことで相手のことを考えて思案してプレゼントを贈る。このとき胸にあるのは単純な気持ちに過ぎないが、その気持ちが重要である。「喜んでくれるだろうか」というその人に寄り添った心と、喜ばせたいと思うあたたかく優しい想いた。恩というのは押し付けるものでも、押し付けられるものでもない。恩というのは無理に感じるものでもなければ、無理に返そうとするものでもない。義務感を持った途端に、相手を慮る気持ちなどなくなってしまう。ストレスでしかなく、「返さねば」という重い枷になってしまいかねないものだ。
人から受けた親切や気遣い、あたたかい言葉や愛情が受け手の心を豊かにする。「あの先輩にはとても可愛がってもらったし優しくしてもらったから、今度は私が後輩や他の人に優しくしよう」と思うことは誰にでもあるだろう。そして実際にそのように行動する。優しい言葉をかけ、必要に応じて手を差し伸べたり助言をしたりといったサポートをする。これらの言行は、先輩の優しさや温もりを今度は自分が誰かに与えたいという思い。或いはそんな先輩のように、「人のために、自分に出来る何かをしてあげられるような人間になりたい」という思いからなるものだろう。恩というものを何にでも併せて考えるのは、私は少々強引で非常に矮小だと捉えている。しかし、人から受けた優しさを今度は誰かに贈りたいというものを「恩送り」という。
「還著於本人」という言葉がある。これは日蓮宗の法華経(妙法蓮華経)の中で説かれている教えである。「還って本人に著きなん」といういみである。わかり易く言えば、自分の行いは善行悪行にかかわらず巡り巡って還ってくるというもの。つまり、人にやさしくすればいつか誰かの優しさを受けるだろう。人に悪意をもって接すれば、いつか誰かの悪意に晒されるだろうというもの。恩送りというのは非常にこの教えに近いものがある。先程の例えで言うと、先輩に優しくしてもらったから今度は後輩に優しくする。するとその優しさを受けた後輩は優しくしてくれた人だけでなく、その先輩のことも良く思う。恩送りとは、本人に直接恩を返すのではなく受けた恩を今度は誰かに与えることで恩人に音を返す(還す)ことに繋がる。
私は今までに数え切れないほど多くの人達と関わって来た中で、同じように数え切れないほどの施しを受けた。時にアドバイスであったり、お叱りであったり。躓いたときは手を、辛い時には肩を何も言わず貸してくれた。そんな人々に、ついに恩を返すことは叶わなかった。しかし、私が受けた慈悲や慈愛。あたたかい心や気遣いを今度は誰かに注げばいいのだ。だから、私はいつも胸に恩人の一人一人の優しい笑顔を大切にしまっている。いつもどんな時も支えてくれた人達と同じように、この想いが誰かの心に届けるために。


そしてまだ見ぬあなたに届けたい、私が受けた愛を。

1/30/2023, 11:26:28 AM