しそわかめ

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好き嫌い

午前11時、ちょっと早めの昼食の時間。今日は夜に任務があるのに伴って、午後に直前の打ち合わせがある。内容なんていつも通り、ほとんど代わり映えのしないそれを毎度行う意義なんて殆どないに等しいが、体裁は整えたいらしい。飽きもせずに毎度、組織への忠誠を確認するのだから笑えてくる。そんな上っ面のもの、私たちのような職種のものが取り繕えなくてどうするの言うのだ。つまりは任務に対しては全く無意味なのだが、『私は貴方たちの捨て駒であり、忠犬ですよ。』と貼り付けた笑顔を披露しに行く、ただそれだけ。
時間の無駄だなぁと思いながらも、足抜けの為には少しだって疑われる訳にはいかなかった。だから、欠席なんて選択肢はない。そんな現状にこれまでで何度目かの諦めを滲ませながら、学食をつつく。今日も変わらず、B定食。ここの学食の人員については定期的に調査しているから、内通者がいないであろうこともわかっている。まぁ万が一そんな事案があったとして、そんな簡単にくたばってやる気は毛頭ないのだけど。今日は味噌汁とご飯、サバの味噌煮。それと、付け合せのほうれん草のおひたし。比較的軽めの和食は、なんとなく疲れている時にはもってこいだな、なんて。B定食はいつも和食なのだ。胃に持たれる心配をすることはほとんどない。別に和食がとても好き、という訳でもなく、ただ心配事が減って楽だから、という理由でいつも選んでいる。万が一毒が盛られていたとしても、薄味でスパイスなどの刺激物が少ない方が気づきやすい。つまりは色々と効率がいい。それだけ。
ふと、向かいに座って同じようにB定食をつついているセラフの手元に目が止まる。ほとんど完食されたその皿の中、不自然にほうれん草のおひたしだけが鮮やかな色を放っていた。つん、と箸で器用に少量だけつかんで、口に運ぶ。それを繰り返している。普段は早食いなくらい、急かされるようにぱくぱくと口に運ぶ彼にしては、とても珍しい、異色な光景だった。そんな景色に思わず顔を凝視してしまって、それに気づいたセラフと目が合う。
「…もしかして、苦手、だったりします?」
「なにが。」
「え、それ。」
「…いや。なんとなく、ちょっと、…なんていうか。」
ぽそ。普段なら簡潔な言葉で紡がれる言葉も、今は何故か歯切れが悪い。
「なんとなく、嫌?避けられるものなら避けたい、みたいな。」
「…うん。」
その言葉に、思わず口角が上がる。
「じゃあ、私がもらってもいいですか。」
「え、なんで。」
「何となく嫌。なら別に、避けていいんですよ。」
今この場所では、何がのトラブルで行き倒れる危機、なんてものは早々起こりやしない。それに、そんな事態を回避できないほど私たちは無力でもない。
「明日は別のにしましょう。和洋中、どれにします?」
「…うーん。」
「じゃあ明日はA定食にしましょう。確かオムライスですよ。」
そう言いながら、ひょいと小鉢をひったくる。
確かに、今日のこれはちょっと水気が多い。確かに倦厭するのもわかるなぁ、なんて思いながら、もう一束掴んで口に運んだ。
よく考えてみれば、わざわざ和食を選ぶ必要なんてもうないのだ。スパイスが聞いていようが味が濃かろうが、好きなものを好きに食べればいい。そんな世界に憧れて、こちらの世界へ踏み出す決断をしたのだから。
あれが食べたい、これがおいしい。そんな会話で盛り上がれるようになるまで、世界中の料理を食べる気でいてもいいな、なんて。

6/13/2024, 7:16:24 AM