一ノ瀬

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 「一番好きな花は何ですか」と問うと、先輩は「勿忘草」と答えた。即答だ。そんなに手慣れた質問だったか。
 花言葉で有名なのは「私を忘れないで」。中世ドイツ、騎士が恋人のために花を摘もうとして川に落ち、恋人に向けてこの言葉と勿忘草を残したという。なるほど、置土産とは卑怯なことだ。目の前で失った愛する人の、最期の言葉と、最期の贈り物。忘れられるはずがない。もはや呪いとしか思えない。
「先輩も、忘れられたくないんですか?」
 重ねて問うと先輩は強かに笑う。
「置いていくくらいなら、手でも掴んで引きずり込むよ、私は」
 先輩が由来となっていたら、この花の花言葉はもっと物騒なものになっていただろう。僕はそちらの方が断然好きだったので、まだ花言葉のない花を見つけたら川岸に植え直して、先輩に取ってほしいと頼もうと思う。

2/3/2026, 5:58:43 AM