偶奇数

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 紺の遠くの空が空の端から白くなり始め、青色から徐々に橙色を含んだ青へと変わっていく。そのさまを少女は静かに眺めていた。静謐な路面電車の車内にはがたんごとん、と道路を走る音のみが満ちており、時折、少女がつけたお気に入りの髪飾りが揺れるしゃらん、とした音がその中に混じった。

 少女が住んでいる街はトルストイという名前だったが、実際には他国と同じく、何々の国、例えばトルストイは旅の国と呼ばれていた。この呼称の由来は子どもたちは全員14歳になると旅をする国を一つ決め、1年間旅をすることから来ている。そして今日は14歳になる日、至日の日だった。
 出発の日は午前4時から。それはかねてから家族と話して決めていたことだった。
 レタがどうせなら日を昇る様子を見たい、と熱望していたことと、交通機関の混み合い、これから向かう映画の国、クオラとトルストイは約1時間の誤差があるので面倒を見てもらう人と約束した時刻、あちらの6時ーこちらでいうと5時に間に合わせるには早めに出る必要があった。幸いにしてレタは国境の近くに住んでいたのでそこまで約束の時刻より前に家を出る必要はなかったけれど。
 ふう、と息をつく。いつの間にか全身がこわばっていたことにようやく思い至った。この日にみんな揃って出発するのでこの国の主要な交通機関、バスはもちろんのこと路面電車はほとんど旅に出る少年少女と見送りに出る親でほとんど埋まってしまう。
 けれどその反面早朝は昼と比べて圧倒的に人は少なくなり、路面電車の車内には徐々に温度を持ち始め明るくなりゆく光が差し始めていた。
 試しに光に手をかざしてみると、ほのかに温もりがある。そのことになぜだか安心した。
 例えば、と思う。例えば面倒を見てくれる人が怖い人だったり、兄弟がいる人だったらどうしよう、と思う。兄弟と仲良くなれる自信なんて、のんびり屋のレタにはないし、怖い人だったら尚更だ。
 不安に揺れる思考に合わせて今度はスーツケースの赤いうさぎがぶらんと揺れる。きっと大丈夫よ、レタ。目を閉じる。家を出る前に自分をなでながら言った母親のセリフが蘇った。あなたならきっとどこでも生きて行けるわ。がたんごとん、と揺れる車内で旅に発ったばかりの少女を朝日の光が柔らかに温もりを持って差し込んでいた。

6/10/2024, 6:42:30 AM