テーマ「無垢」
無垢。混じり気のない、純粋で、煩悩もケガレもないさま。
そんな人いるわけない。
他と一滴も混じらず、一筋も染まらず、一欠片の欲望も持たない人間なんていない。
親、兄弟、友人、教師、知人、見知らぬ人。
人間が社会生活をする限り、他人と関わらずにはいられない。
人を"無垢"なんて形容する人間は、相手のことを知らず、表面のキレイな部分しか見ていない。
しかし。いや、だからこそ。
僕にとって彼女は無垢な少女だった。
僕は彼女のことをなにも知らない。
クラスは同じだが、声も表情も食事をする姿さえも見たことがない。
いつも大怪我をして、休みがち。学校に来ても、窓際の席で静かに本を読むだけ。
怪我と休みの理由は明白だ。学校という狭い社会の中では、噂など瞬く間に広まる。
クラスメイトは興味はあれど、触れてはいけない空気のように、彼女を扱った。
彼女も完全に外界をシャットアウト。僕らなんぞはじめから無いように生きている。
そんな彼女に話しかける勇気は僕になく。
いつも彼女の靡く髪を2つ後ろの席から眺めていた。
この都市が初めて要塞都市として機能した数日後、彼はやってきた。
この街を守ったのが、この大人しそうな彼だと知り、尊敬と感謝と共に彼女のことが気にかかった。
本来賞賛を受けるべき場所に立つのは彼女じゃなかったのか?
しかし彼女は勿論、彼にもそんなことを聞けるはずもなく、悶々としたまま登校頻度が増えた彼女の後ろ姿を眺める日々を続けた。
そう遠くない日、衝撃を受ける。
彼女が挨拶をして教室へ入ってきた。
そして、喜び勇んで話しかける彼に、彼女は弁当箱を返して短くも雑談をし、微笑んだ。
あぁ。彼女は無垢ではなくなった。
無垢ではない、彼女を知ってしまった。
やはり無垢な人間なんていなかった。
それでも、彼女は美しかった。
6/1/2024, 12:59:52 AM