三文小説

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明日世界が終わるなら....

*注意 政治的な主張が含まれます。

明日世界が終わらなくても、グローバリストの主張する多様性によって私たちが安住している世界は終わりを迎える。それならば、むしろ終わってくれたほうが潔く、眼福である。

ここで一つ予言しましょう。もし日本が移民を大量に受け入れたら、必ずアニメや漫画といったクリエイティブなコンテンツは廃れるでしょう。日本は宗教的対立や人種的な差異がないからこそ、フィクションの世界にノンフィクションの事象を入れずに済んだ。しかし、日本が多民族国家になったら、その条件は音を立てて崩れ去るでしょう。

日本は日本のまま盛えて、日本のまま衰退するべきであるというのが私のイデオロギーだ。訳の分からない何者かに変容して、形骸化してしまった日本は日本ではない。そんな日本は日の丸を掲げるに値しない。明日世界が終わってくれるのなら、日本は現状の国体を維持したまま消滅することができる。日本の現状に満足しているわけではないが、私の抱いている憂国の想いが世界とともに消滅するならば、幸せこの上ない。

多様性という言葉は、多様性に富んでいない国が独自に生み出した机上の空論なのだろう。その空論を日本に押し付けないでほしい。日本では、人種差別や宗教的対立は無に等しいので、多様性など考えなくても既に実現しているのだ。

グローバリストの主張する多様性とは、そんなに高尚で、正当なものなのか。彼らの主張する多様性というものは、世界のすべての地域の人間は多様性に配慮しろという同調圧力にしか私には受け止められない。多様性に配慮するべきという人に限って、多様性に反対する意見を受け入れない。彼らの主張がどれほど詭弁なのかを、彼ら自身が体現してくれる。なんて親切な人たちなのだろう。

ナショナリストの主張する多様性とは、そんなに排外的で、不当なものなのか。彼らの主張する多様性というものは、国には国ごとの特色があってもいいとする思想だ。そちらの方が多様性に富んでいるのではないか。

5/6/2026, 10:54:47 AM