いま、空を見上げると彗星が肉眼で観測できるかもしれません。見えるのは、紫金山・アトラス彗星です。
日本時間10月13日に地球に最も接近。暗い場所であれば、全国的に西の低い空から肉眼でも見える可能性があります。肉眼で見られるチャンスは15日頃までということです。 ーーNEWS everyよりーー
「ということで私、少しお休みもらいます。ちょっと北の方に移動します」
「水無月さんー、本当に?そんなんで有休使うの?いや、権利っていやあ権利なんだけど」
俺は頭を掻いた。携帯に、水無月さんから電話がかかってきたのだ。雨を降らせると悪いから、会社、休みたいと。
うーん、俺としてはそんなことより、この間娘が世話になったお礼をしたい。予定を聞きたいのだが……。
「だって、私のせいでみなさんの天体観測の愉しみを奪うわけには行きませんからね。ひっそり日本の片隅に篭ります」
「じゃあ水無月さんは、一生天体観測できないじゃないか。これから、彗星がきても、日蝕があるとしても」
水無月さんはため息をついた。
「しようがないです、アメフラシの末裔としては」
またそういう事を言って、と口にしようとした俺はふと思いついて「じゃあ、プラネタリウムに行きませんか、今度」と誘ってみる。
「え」
「プラネタリウムなら、天気に影響しないでしょ?水無月さんさえ良かったら、どうですか。この間のお礼も兼ねて。星空鑑賞の他に何か美味しいものをご馳走させてください」
「……いいんですか。深雪ちゃんは」
「深雪もまた水無月さんに会いたいって言ってます。コブ付きでよければ深雪も、いっしょに」
「ぜひ! ぜひお言葉に甘えたいです。私、プラネタリウム一度行ってみたかったんです。嬉しい」
声が弾んでいる。
俺はほっとした。断られなくてよかった。
後で日取りの調整をしましょうと約束して電話を切った。やったー!と内心ガッツポーズをして床に転がる。
携帯を放り出し、俺は両手をアパートの天井に突き上げた。いま、何とかっていう彗星が日本に接近しているらしい。美しい尾をたなびかせて銀河を横切る星も楽しみだが、俺は人工の星空を水無月さんと見上げる日の方がよっぽど待ち遠しい。
俺は高く高く、俺たちの視界を埋め尽くすであろうプラネタリウムの星々に向けて手を伸ばす。きっと何かに届くような、何か形あるものを掴み取れるような予感がした。
#高く高く
「通り雨4」
10/14/2024, 10:52:46 AM