「バレンタイン」
わたしはお菓子の国のお姫様。
ケーキとシュークリームでできたお城に住んでいるの。
この国とその民は忘れられた少年少女達の夢と秘密の魔法でできていて、美しくて可愛いものしかいないの。
とても素敵な国よ。いつかあなたもおいでなさい。
でも、わたしはとっても退屈しているの。
何故なら、満たされすぎているから。
異国の宝石も、楽園のドレスも、望めば全部手に入っちゃう。
嗚呼、今日も退屈。アイスクリームみたいに融けてしまいそう。
そう思っていたある日、わたしは運命のひとに出会いました。
お隣の、猫の国に暮らす王子様。
三角のクッキーみたいな耳。
夕焼けに照らされると菫キャンディーの色になる柔毛。
鼈甲飴のように輝く円い瞳。
わたしはつい、貴方に声をかけてしまいました。
でも貴方はわたしには一瞥もくれず、綿菓子の花に夢中でした。
それからというもの、わたしは貴方に
お手紙を送るようになりました。
春には桜の花びらをラングドシャクッキーに、
夏にはひまわりの花をタルトに、
秋には紅葉をゼリーに、
冬には雪の結晶をシャーベットにしたためて。
貴方はとても気まぐれなお方だったので、
お返事は殆ど来なかったけれど、ある時猫の国から来たお使いの少女が言っていたの。
お菓子の国のお姫様からのお手紙が来るたびに、
王子様は尻尾を立てているって。
どういうことかしらとお聞きすると、
猫は嬉しさを尻尾を立てて表すと教えてくれたわ。
嗚呼、わたしの王子様。
わたしのかわいい、気まぐれな王子様。
おくびにも出さないけれど、わたしのお手紙を
喜んでくださっているのね。
そういえば、もうすぐバレンタインだわ。
もし、この日に愛のチョコレイトを贈ったら、
王子様は喜んでくださるかしら?
退屈だった日々に恋の夢と彩りを与えてくださったあの方の為に、わたしは国の総力を尽くして、
世界一我儘で、世界一愛のこもった、
世界一美しいチョコレイトを沢山作りました。
あの方はレーズンがお好きかしら?
それともオレンジ?
ミルクをふんだんに使った生チョコレイトがいいかしら?
ひとつにしようと思ったのに、貴方への気持ちが
溢れて止まらないから全部贈ることにしました。
でも、わたしが贈ったとみんなに知れてしまったら
国中のスキャンダルになってしまうから、
名前は書かずに、ひっそりと。
貴方は喜んでくださるかしら?
わたしは貴方の反応が気になって、三日三晩眠れなかったわ。
豪華絢爛、百様玲瓏のチョコレイトを届けてから数日。
わたしは貴方が永遠の眠りについたと聞きました。
なんでも、あの方は2月14日に誰かから贈られた
「毒」を沢山飲み込んでしまったから、
三日三晩、国の総力を尽くして治療にあたった末に
彼岸へと旅立ったのだそう。
どうして?どうして貴方が?
毒。どく?あの方が毒を?
わたしの心を奪った、あの王子様が、何故?
わからない。わからないわ。
もしかして、わたしの「愛」は猛毒だったの?
わたしのせいで、あの方は命を失ってしまったの?
突然のさようならを受け入れられるほど、わたしは強くない。
どうすれば、どうすればいいの?
あの時贈り物をしなければ、
わたしが彼に恋をしなければ、
あの方は生きていたかもしれない?
わたしは なんということを してしまったのかしら
わたしは、夢と魔法でできているの。
でも、わたしに恋の夢を与えてくれた貴方がいなくなった。
だから、わたしの夢もなくなってしまったの。
この国の人々は夢をなくすと、
魔法が解けてただのお菓子に戻ってしまう。
わたしも彼らと同じように、ただの飴細工になってしまうの。
ただの あめざいくに
そのこころを とじこめて
そのつみを ぜつぼうを
そのからだが とけて なくなるまで
えいえんに せおいつづけるの
また貴方に逢いたい。
でもきっと もうあえない
だって わたしはもう
ただの あめざいく だから
2/14/2024, 2:43:53 PM