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たくさんのものを置いてきた


それはヘンゼルとグレーテルすら
もう辿れないほど長い距離
いくら辿ってもどこにも帰れないあの2人は
きっと途中で疲れ果て死に絶えてしまう
幼いその魂は肉体を離れ
終わりなき旅へと仲良く2人で向かうのだろう
私はそれを羨ましいと思った
なにより尊く、美しく
永遠に2人きりの春爛漫の旅



懐かしい夢を見た
お別れをしたあの人や、
縁を切ったあの人たちが
私をひたすらに睨んでいる

その間をくぐり抜けてもくぐり抜けても
どこにも着かず
私は胃に穴があきそうな焦燥感とともに
その視線から逃げ回り、
やっと眼から逃れられたと思ったら
私の足は地から離れ、
下には無数の針山が



最悪の目覚めの割に穏やかな朝だった

窓からさす光は柔らかく純粋で
その光を見ていると
先程の夢で汚染された脳内が浄化されていくよう


「相変わらず早起き……私はまだ寝るからね…」

起き上がった私の隣で
ふと、むにゃむにゃと、
効果音が付きそうな声を聞いて
更に悪夢が薄れていく

私は本当にたくさんのものを置いてここまで来た
だから今の私は何も持っていない

縁も富も、地位も
溢れるほどに強欲に持ちすぎて
腕が折れ、足が折れ、頭がパンクした
だから身を切るようにそれらを捨ててきた

「……どうしたの?」

反応のない私を心配そうに見上げる
無垢な瞳を見て
口からため息が出た

私は何も持っていない、
帰る場所もなければ、
逃げるところもない

しかし
終わりなき旅を共にしてくれると誓い合った
この人がいるならば
私のこれからはなにより幸福で満ち溢れているのだ

5/30/2024, 1:13:34 PM