仮色

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【忘れたくても忘れられない】

例えば、キッチン。
慣れない手つきで、それでも私の手を借りずにどうにか料理を完成させようと頑張っていたあの顔。

例えば、リビング。
テレビでお笑い番組を見て笑う姿。映画を真剣に見る顔。動物のノンフィクションのドラマに感動したと泣きそうになっている表情。

例えば、アクセサリー。
1周年記念日に一緒にお店に行って選んだ指輪。着けない時はいつも彼と同じ場所に仕舞っていたのに、今は一つだけ、悲しくシルバーがコロンと転がっている。

例えば、玄関。
行ってきます、と少し眠そうな声。ただいま、と少し疲れた声。
早く早く、と楽しそうに出かけるのを急かす声。

もう、ぜんぶ全部見られない光景。
確かにその光景は自分の目で見たもののはずなのに、温度感のない部屋はそのことは本当だったのか、都合の良い妄想なのではと疑問に思わせてくる。

場所はあるのに、そこにいてほしい人だけいないくて。

忘れたいのに、忘れられない。
忘れさせてくれない、あの声を、あの顔を、あの姿を。

10/17/2024, 4:22:35 PM