いろ

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【君の奏でる音楽】

 繊細にして高らかなヴァイオリンの響き。幼い頃から音楽の世界で神童の名をほしいままにしていた君が、私の誕生日に私のためだけに奏でてくれるその音色が、何よりも好きだった。
 ぶっきらぼうで表情にも乏しい君の心は、音楽に一番反映される。誰からも生まれたことを祝ってもらえない私へと、いつだってありったけの祝福を込めて、君はヴァイオリンを奏でてくれた。
(好き、だったんだよ)
 テレビの中から聞こえてくるベートーヴェンのクロイチェルソナタ。海外公演の録画映像を専門チャンネルで流してくれているそれを、日本の狭いワンルームでぼんやりと眺めていた。
 ライブ映像ではないことを少しだけ残念に思うけれど、時差の都合上致し方ない。こっちは早朝だけれど、今ごろ現地は深夜のはずだ。きっと君は公演を終えてぐっすりと眠っている。
 君が有名になっていくたびに、君との距離が遠のいていく気がする。今ではもう、手の届かないほどに君は輝かしい世界へと旅立ってしまった。それを誇りに思う気持ちも応援している気持ちも本当なのに、心のどこかで醜い私が寂しいと叫んでいる。
 ピロンと音を立てたスマホの通知が、テレビから流れる君の滑らかな音色を遮った。たいした興味もなしにスマホの画面をチラリと見て、そうして息が止まるかと思った。
 君の名前で送られてきた音声ファイル。メッセージの一つもないそれを、震える手でタップした。
 聞き馴染んだハッピバースデートゥーユーの歌が、ヴァイオリンの優雅な音色で奏でられる。どんな難しい古典の名曲でも軽やかに弾きこなす君が、こんな世俗的な音楽を優しく紡いでいる。思わずスマホをぎゅっと握りしめた。
 君の奏でる音楽があるから、私は私が生まれてきて良かったって思えるんだ。ありがとうとスマホに打ち込んで、私は君の与えてくれる美しい祝福に浸り込んだ。

8/13/2023, 12:08:47 AM