ロイチ

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 新月の晩、私には餌が与えられる。

「良い子にしてた?」
「…………」
「ああ、轡を外してあげて」
 ひと月ぶりに外される口枷。けれどすぐには話してはいけない。
「語りなさい」
「……」
「語りなさい」
「……」
「語りなさい」
「…………おひさしぶりです、あるじさま」
「もうっ、面倒ね!」
 今代のあるじさまは随分なお転婆で、千年前の取り決めをことごく「古臭い」「時代遅れ」「面倒」と軽んじている。
「この儀式もどうかと思うのよ。悪趣味」
「あるじさま」
「分かってます。さ、始めましょう」

 よく清められた小刀の鋒で、人差し指の腹を裂く。
 滴り落ちる、その一雫が私の餌。
 跪き、仰ぎ見て、無様に乞い願う姿勢を取る。
 憐れみと、蔑みと、少しの加虐心。目は口ほどに物を言うとは、よく出来たことわざだ。

「それじゃあまた、次の新月に」
「ええ、また、あるじさま」
 良い子にしていましょう。その一雫のために。
 
#雫

4/22/2023, 4:31:14 AM