久し振りに会った幼馴染みから男の恋人がいることを知らされたときは、案外とすんなり受け入れられたものだ。
恋人とはっきり言っていたわけじゃない気がするけれど、口数の少ない彼から滲みでる言葉の節々に、不思議なあたたかさを感じられたから。彼らしいと思った。
いつもの砂浜で腰をおろして、夜の潮風にあたっていれば、ぽつぽつと会話も生まれた。
「右腕を、こう、擦る癖があるんだ。その人。」
前から知ってはいたんだけれどね、と、彼は少しトーンを落とす。
ただの癖だと思ってた。それ以外の何でもなく。3年前に橋から飛び下りて、その時の後遺症が右腕に残っていたことを知ったのは最近だ。
知ってる、てだけで、大事なところは見落としてたんだ。何もわかってなかった。人の癖なんて、別に俺がその背景を知らなくったっておかしいことじゃないのに。でも俺は苦しかった。暗い台所でひっそりと腕を擦っているあの人に、どんな声をかけていいのかもわからない自分が虚しくて。
「それだけなんだけど。俺にとってその人は大事な存在なんだって。」
遠い空に月がでている。銀色の光が、波のゆらぎに溶けてゆくのを見つめていると、まだ幼かった頃や、彼に淡い恋心のようなものを抱いていた頃の
自分が、ゆっくりと暗い水面をめぐってゆく。
私は、何だろう。
いつか彼の恋人に、と望んでいたわけじゃない。
では、私が本当にほしかったものは何だろう。
「月がきれいだ」と彼が呟いて、私も静かに頷いた。月色の潮汐は足跡を消して、涙のあとだけ残してゆく。
9/21/2023, 5:38:45 AM