温くなった水は心なしか鉄くさいような味がして、喉の内側を伝う不快感に思わず眉を顰める。注がれたときには冷えていたことを示すように、コップの外側には水滴がびっしりと浮かんでいて、手のひらを喉に這わせるとじっとりした感触があった。
お冷がただの水に変わるだけの時間が経ったというのに、目の前の席は空いたまま。混み合った店内、慌ただしく客や店員が行き交う中、そこだけがぽっかりと空いた穴みたいだ。
隣の席が俄かに騒がしくなって、つい目を遣ると若い男女が二人、顔を寄せ合ってメニュー裏の間違い探しを覗き込んでいる。ここでもないそこでもないと、子供みたいな笑い声を立てて、二人は視線を交わす。
胸の奥にさざ波を感じて、私は逃げるようにスマホ画面に目を移した。ただ時間を潰すことだけを目的にしたパズルゲームに、レベルクリアの表示。クマのキャラクターの愛嬌ぶった目が、無意味に癪に障る。
カランと来店音がして、弾かれたように顔を上げた。そこに無邪気にはしゃぐ子供を抱えた親子の姿を認めて、私は先程の反射的な仕草を誤魔化すようにさりげなく顔を伏せた。
帰ろう。私は席を立つと伝票を掴む。
レジで会計をしている間に、店員がテキパキとコップと空の器が乗ったテーブルを整える。店を出るときにはもう、穴は塞がっていた。
終わりにしよう。その言葉を言いたくて彼を呼び出したというのに、そんな挨拶までさせてもらえないなんて……本当に最初から、私のことなんてどうでも良かったんだ。
最後の期待をかけて、スマホを見る。通知はゼロ件。パズルはタイムオーバーで失敗。クマが憐れむように憎々しく肩を落としていた。
7/16/2022, 9:33:21 AM