未知亜

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 造りの古い宿だからだろうか。 食事を終えて部屋に戻ると、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。到着したばかりの隣室の客は、どうやら年配の夫婦のようだ。
「急に決めたけど、やっぱり来て良かったね。ごはんも美味しかった」
「ほんとにねえ」

 先程の広間で、仲良く手を繋いで現れた彼らが頭をよぎる。妻の手を引いて仲睦まじそうに席まで誘導していた夫。
「ほら、ここは夜間拝観も出来るみたいだよ。これから行ってみる?」
「いいわねえ」

 あんな風に歳を取って、一緒にこんな旅館を訪れるつもりだったのにな。どこで間違っちゃったんだろ。ひとりで私、何やってるんだろ。
 もう二年くらい前みたいな、つい先月の怒涛の出来事を私は反芻する。いつの間にか話し声は途切れ、ドアを施錠する音が響いた。小さな冷蔵庫を開け、買っておいたビール缶を宙に翳す。
 乾杯だ。センチメンタルな旅に。

『センチメンタル・ジャーニー』

9/15/2025, 3:14:06 PM