お題『色とりどり』
夕暮れの街は、今日もどこか無彩色に見えていた。けれど七海は知っている。猪野の隣に立った瞬間、世界は息を吹き返すのだと。
「七海サン、今日は寄り道して帰ろ?」
「ええ、構いませんよ。猪野くんがそう言うなら」
楽しそうに微笑む猪野。その表情を見るだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。年下で、でも意外としっかりしていて、気さくで器用で。そんな猪野が、自分にだけ見せる温かさが七海は愛おしくてたまらない。
二人で入った小さな花屋。色とりどりの花が並ぶ中、七海は少し目を細めて立ち止まった。
「……こうして見ると、花は不思議ですね。以前は気にも留めませんでしたが」
「そうなんすか?」
「ええ。君といると、今まで気づかなかった色が見える気がします」
その言葉に、猪野は照れくさくなって七海の手を握った。少し驚いたように瞬きをしてから、七海は指を絡め返してくる。
「君の手、温かいですね」
「七海サンの方があったかいよ」
他愛ないやり取りなのに、胸がいっぱいになる。恋人同士になってから、日常のすべてが宝物になった。コンビニの帰り道も、並んで飲むコーヒーも、お互いを呼ぶの声でさえも。
家に着くと、七海はエプロンをつけてキッチンに立つ。
「夕食、簡単なものでも構いませんか?」
「七海サンの作るものなら何でも!」
振り返って少し困ったように笑う七海。その頬にそっと口づけると、耳まで赤くしてしまった。
「……もう、猪野くん、危ないですよ」
「へへ。好きだよ、七海サン」
「……私もです」
君といると世界が色彩豊かになる。世界が広がる。
そう思える毎日が、七海にとって何より甘く、確かな幸せだった。
1/8/2026, 12:47:32 PM