かたいなか

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「死別、夜逃げ、サ終、垢凍結、恋仲をフッて縁切り。メジャーどころはこんなモンか」
ちょっと変わり種で、今まで頑張って進めてきたゲームのデータを不注意で初期化?
かつて某モンスター収集ゲームで、129匹登録した図鑑を「はじめから」の「ボックスをかえる」でサヨナラバイバイした経験のある某所在住物書き。もう15年程度昔の失敗談である。

「……セーブデータとの突然の別れは、一部失恋より喪失感ハンパない説」
昔々のモノクロドットを思い出す物書きは、懐かしさに負けて、折り畳みの2画面ゲーム機を取り出す。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主とその友人と、何故か子狐1匹が、
テーブル上のそこそこ大きめな箱1個を見ている。
部屋の主は名前を藤森といい、その友人は付烏月、ツウキといって、
子狐は藤森のよく知る茶っ葉屋の看板子狐。どこからともなく入り込み、気が済むまで居座るのだ。

くんかくんかクンカ。ひとしきり箱の匂いを嗅いだ子狐は、更に情報を得るため、口を開け牙を見せ、
箱に噛みつく直前で、藤森に阻止される。抱き上げられ、箱の代わりに油揚げを突っ込まれたのだ。
途端、子狐は大人しくなる。
あむあむあむ。ああ、おいしい。

「マルチブレンダー。俺のおフルだよん」
箱を持ち込んだ付烏月が中身を説明した。
「ホイップクリームからスムージー、フローズンスイーツまでコレ1台!バチクソ便利だよ」
コレ覚えたら、手作業とはさよならバイバイだよ。
そう付け加える付烏月は小首を傾け、にっこり。

スイーツ作りに凝っている付烏月。食うより作る派で、ゆえに職場に製作物を持ち込み、支店の常連や勤務者に喜ばれている。
先週は怪物客に運悪く絡まれた新卒者のメンタルケアを兼ね、キューブケーキの納品を依頼された。

「先週のことはよく覚えている。付烏月さん、あなたが私の部屋に来て、私のキッチンにハンドミキサーもブレンダーも無いことに絶望していた」
「だって約20個分のケーキ作るのに、泡だて全部手作業だよ。おかげで翌日筋肉痛だったよ」
「つまりあなたの運動不足解消に、少しだけ」
「少しも役立ってないよ!ノーアゲインだよ!」
詳細は過去作5月14日投稿分参照だが、スワイプが面倒なだけなので、気にしてはいけない。

「ともかく!」
ビシッ!と付烏月。
「コレで、手動の重労働とはさよならバイバイ!
ウチの先々代、旧型ブレンダーあげるから、手作業に使ってた大量の時間を他に回しなさい!」
藤森の腕の中で油揚げを食い終えた子狐、目の前の人間が人差し指を突き出すので、
挨拶と勘違いしたのか、体をうんと伸ばして、くんかくんか。匂いなど嗅いでいる。
好ましい香りを知覚したのだろう。最終的にべろんべろん、子狐は付烏月の指を舐め始めた。

「具体的に、これは、何ができるんだ」
泡だて、すりつぶし、ときに製粉。
すり鉢だのホイッパーだのによる手作業、運動不足のささやかな解消を目的とした労働に対して、突然の別れを切り出された藤森。
マルチブレンダーを見て、指から子狐を引っ剥がして、小首を傾け付烏月に問う。

「よくぞ聞いてくれました!」
付烏月は答えた。
「ズバリ、今の時期だと、お前の好きな茶っ葉とかフルーツとかプラス生クリームとかバニラアイスとかで、簡単に自家製シェークモドキが作れる!」

「付烏月さん……」
「どう、便利でしょ、作ってみたいでしょ?」
「多分、不勉強な私が下手に作るより、作り慣れているあなたに『コレとコレでソレを作って』と手間賃を渡した方が、数倍美味いものが飲める」

「自分で心を込めて作った方が、」
「子狐も言っている。『食材を無駄にするのは、あまり好ましくない』と」
「それ絶対コンちゃん言ってないよね?」
「ほら、言っている。『全自動も電動も良いが、手作業の良さもある』と」
「さっきから『そんなこと言ってない』って不服そうな顔してる気がするけど?!」

5/20/2024, 3:24:27 AM