徒然

Open App

 この街には「時を告げる鐘」と呼ばれる鐘がある。鐘なのだから時を告げるのは当たり前だと思うだろうが、この鐘はいつ鳴るかわからないのだ。そして、何の為に鳴っていて誰が鳴らしているのか。それすら誰も知らない不思議な鐘だ。

 その鐘は街の中心にある塔の上にあった。塔は誰でも出入りすることが出来るが、鐘のある所までは登れない。途中にある展望台が最上階もなっていて、その上に位置する鐘の所には誰も立ち入ることが出来ないのだ。
 塔には大きな時計が付いている。これは規則正しく回っている時計で「この時計の裏側の調整をするところから鐘の所にも行ける」という噂があるが、実際は時計の裏側にしか行けないらしい。
 塔に付いている大時計の管理をしている父でさえ、この鐘に辿り着く入り口は知らないのだ。
 そもそもこの塔自体、誰が何の為に作ったのかは知らない。僕が生まれるよりもずっとずっと前。おじいちゃんとおばあちゃんが赤ちゃんの頃よりもずっと前。数100年前から存在していると言われている。その頃から大時計の管理は僕の家が代々受け継いできた。そして今日から、僕が次の担い手として大時計の管理を手伝う事になっている。

 そもそも何故僕の家が時計の管理をするようになったのか。それもわからないらしい。昔この街一体が焼ける大火災が起きたという。その時に家に伝わる大事な書類なんかも全て燃えてしまったらしい。その為何故僕の家が代々大時計の管理をしているかも、この塔の歴史や鐘の秘密も何処にも残っていない。誰も知らない秘密の塔になってしまった。
 一つだけわかっているのは、その大火事が起こった日は、朝から鐘が鳴り響いていたという。

 ***

 初めて入った大時計の裏側は、少し埃と油が混じった古臭い匂いがした。
 煉瓦造りの塔の入り口から入り、僕達しか知らない秘密の部屋に入ると、目の前には螺旋階段。そこを登った頂上に大時計の裏側はあった。
 沢山の歯車が噛み合って、カチ…カチ…と時を刻んでいる。この時計も不思議な事に狂う事が無いのだ。いつでも正確にこの街の時を教えてくれる。大時計にはこちらも大きな鐘の付いた振り子が付いていて、お昼と夕方には大きな音で知らせてくれる。街に響くその音を聞いて、みんなはお昼を取ったり家に帰ったりするのだ。
 そう。この塔には鐘があるのに振り子がついている。時間を告げるのはあくまで振り子の音なのだ。では塔のてっぺんにある鐘は何の為に付いているのか。

 大時計の管理などと言っても、実際やるのは掃除位なものだ。なんせ狂わない時計なのだから、管理の必要が無い。たまに油を差してやる事位はするらしい。
 大時計の歯車と振り子をハタキで叩き、雑巾やモップを使って磨く。裏側の部屋の掃除と、展望台の掃除。時計の管理などと言っても、やるのはこの程度。
 時計の管理に関わるお金は街から出ている。お給料もそこから。とは言っても食べていける程のお金は出ない。
 僕の家は代々続く街の時計職人なので、本業はそっちだ。だから時計の管理を任されたのかと思っていたのだが、どうやら時計の管理を任されるようになってから時計職人になったらしいというから驚きだ。
 大火事の前のことなのに何故わかるかと気になるだろう。実はこの家事で焼けた資料というのは、塔に纏わる事柄だけなのだ。大事な資料の殆どは地下に隠していた為に無事だったらしいのだが、何故か大火災の時は塔に纏わる資料をそこにしまっていなかった。そのせいで燃えてしまったと聞いている。
 不思議なことに、図書館や資料館でも同じ事が起こっていて、そのせいで今や塔に関わる歴史や秘密のあれこれを知っているものは誰も居ないというわけである。
 果たしてそれは偶然なのか。

 ***
 
 僕が大時計の管理を引き継いで数ヶ月経ったある日の事だ。その日塔の上の鐘が鳴った。

 僕が生まれてからこの鐘の音を聞いたのは2回だ。1回目は僕が生まれた日。僕が生まれたのは朝日が昇る頃だったらしいが、その時鐘が鳴り響いたという。両親は「この街が貴方の誕生を祝ってくれている」と言っていた。この街に祝福された子供だと、理由はどうであれ悪い気はしなかった。
 2回目はこの街に盗賊が現れた日。あれは僕がまだ12か13歳だった頃だ。最近巷を騒がせている盗賊団が居るという話で街も持ちきりだった。近くの街でも出たから、今度はこの街では無いかと言っていた最中に本当に現れた。
 僕は現場を目撃した訳では無いが、新聞によると子供が人質に取られ盗賊団に襲われそうになった時、鐘が鳴り響いたという。あまりの大きな音に盗賊が驚いた隙を付いて警官が逮捕した。
 その後盗賊団は「あの音は頭が割れるように痛かった」と言っていたらしい。僕達にとってはうるさい音でも無ければ、心地良い響きに聞こえていたから、盗賊達が薬でもやっていたのだろうという事で方がついた。
 そして今日が3回目。今度は何の目的で鐘が鳴っているのだろう。

 鐘の音に耳を傾ける。すぐ上で鳴っているのに不思議とうるさく無い。心地良い音が響いているようにしか感じないのだ。
 僕は鐘の音に耳を傾けて壁に寄りかかる。その時だった。手に当たる煉瓦の感触がほんの少しだけ違う事に気がついた。もしかして……と思い、手に持っていたモップを投げ出し煉瓦を押してみた。案の定動いた煉瓦は半分程入った所で止まった。カチリと何かのスイッチが入ったような音がする。円形になっている煉瓦の壁をぐるりと周りながら変化してないから見回すと、押した煉瓦の反対側辺り足元の煉瓦が浮き出ている事に気づいた。今度はその煉瓦を押す。するとまたカチリという音がして、今度は続いてズズズと重たそうな石が動く音と同時に目の前の煉瓦が動いて入り口が現れた。僕は思わず生唾を飲み込む。これは僕がずっと探し求めていた鐘へも続く入り口では無いだろうか。
 高鳴る胸の鼓動を抑え、恐る恐る入り口へと足を踏み入れた。

 ***

 中は壁沿いに螺旋階段が続いていた。雰囲気は下から大時計まで上がる階段と同じである。違うのは薄暗いという事だけ。大時計に行くまでには塔の淵にある窓のような穴のお陰で陽が出ていれば暗く無い。しかし、今登っている階段は塔の大時計の裏から鐘の所まで続く円形の柱の中にある為、全方位が壁となっていて真っ暗だ。上に上がれば上がる程光は無く、足元もよく見えない。僕は壁に手を付けて一段一段慎重に登っていく。こんな状況でも、恐怖心より好奇心のが勝っていた。この先にあるあの不思議な鐘の所まで行けると思うと、足取りはどんどん軽くなる。
 かなりの段数はあったと思う。大時計から鐘の位置までは結構離れている上に螺旋という構造上、どうしても段数が増えてしまう。しかしそんな事を感じさせない程に、僕の好奇心は高まっていた。
 最後の段を登り終えた所で、天井にある扉を開ける。蝶番が付いた上開きのものだ。鍵はかかっていない。人1人がやっと通れる位のサイズで、小柄な僕でもギリギリだった。

 まず目に飛び込んできたのは大きな鐘。下から見て想像していたよりも遥かに大きい。煤けた黄金の重厚感漂う鐘がまだ鳴り響いている。しかし、驚く程にうるさくない。今目の前で鳴っている筈の鐘の音なのに、全く煩く無いのだ。
 僕は入ってきた扉を閉めて辺りを見回した。展望台から眺める景色よりずっと良い。街の端までよく見渡せる。
 鐘は天井から吊られていた。部屋の構造は思った通りで特に変わった所は無い。高い天井は三角になっていて塔のてっぺんの形をしている。四方は柱で支えられているだけで風が良く通り、重たい鐘が右に左に揺れ動き「ゴーン」「ゴーン」と低い鐘の音が一定の間隔で鳴り続ける。

「一体誰が……なんの為にこの鐘を鳴らしているんだろう」

 鐘のある場所まで来たが、誰がいる訳でも無かった。それどころか、鐘を鳴らす装置すら見当たらない。これでは鐘が意思を持って自ら鳴り響いてるようでは無いか。
 そんな不思議な事がある訳も無いと頭を振ったその時だった。「バサバサッ」と大きな翼が羽ばたく音がした。鳥だろうか。それにしては音が大きい。近くだからと言っても、こんなに大きな羽音を立てるような鳥がこの辺りに居るだろうか。
 僕が音の方に振り返るとそこに居たのは大きな翼を生やした人間だった。

 ***

「おや……君は……」

 長くふわふわとした髪。薄い色の瞳に透き通る様な肌。そのどれもが白く本当に透けてしまいそうなその人間は少女とも男性とも取れる、年齢も性別もわからない見た目をしていた。
 身長は僕と変わらない位だろうか。細くしなやかな腕が袖口から見えている。柱の間を囲う手摺りの上に立っていたその人は音もなく僕の方へと近づいて来た。近くで見ると尚のこと白く美しい見た目をしている。そして全く生気を感じさせなかった。

「君はこの塔の管理者か?」

 中性的な声。抑揚は無いのに温かみを感じる不思議な声。

「え……あ……はい……。大時計の管理を任されてる者です」
「あぁ……そうか。君が……成る程……」

 その人は僕の爪先から頭のてっぺんまでをゆっくり見てから「大きくなったね」と言って微笑んだ。

「僕を知ってる…んですか?」
「無理に敬語を使わなくて良いさ。あぁ、知っているとも。この街の事なら全て知っている。それに君を祝福したのは私だもの」

 祝福という言葉でふと頭に過ったのは、僕が生まれた日に鳴ったという鐘のことだ。この目の前の羽の生えた人……天使とも呼ぶべきこの存在があの日鐘を鳴らしたのか。

「君の思う通りさ。あの日鐘を鳴らしたのは私だよ。君の誕生を祝してね。君たちの一族は長い事この地に根付きこの塔を管理してくれている。時計の管理も……本当は必要無いのだけどね。だけど人の手が入らないと建物も道具も朽ちてしまう。だから君たちにお願いをしたんだ。この塔を守ってくれと」
「塔の管理ですか?時計の管理ではなく」
「あぁ。元は塔の管理だったんだよ。あの大火災があり、全て失われてしまっていつの間にか時計の管理になってしまったがね。それでもこの塔を管理してくれている事に変わりは無いから、私としてはどっちでも良かったのだけど」
「そうだったんだ……」
「聞かないのかい?私が何者でこの鐘がなんの為にあるのか」

 この人はなんでもお見通しらしい。僕が聞かなくても答えてくれるように、頭の中まで読まれているようだ。

「聞いて良いんですか?」

 聞いてしまったら、謎が解けてしまったら全てが終わってしまうような気がした。しかし、この好奇心を抑える事も出来ない。知りたい。知りたくて知りたくて仕方ない。だけど知ってしまったら、もう僕の興味がこの塔へと向かなくなってしまう怖さもある。
 そんな事は当に見越している目の前のその人は、楽しそうに微笑みながら「大丈夫。君はこの塔から離れる事は出来ないさ」と言った。

「えと……。じゃあ、この塔ってなんの為に出来たんですか?鐘は誰が鳴らして、なんの為に鳴って居るんですか?貴方は何者?天使なんですか?あとあの火事で燃えてしまったのは本当に偶然で……」

 全てを言い切る前に人差し指で口を塞がれる。

「一気に言ったらわからないだろ?」
「す、すみません……」
「君は本当に好奇心が旺盛だね。君のお母さんにそっくりだ」
「お母さんを知ってるの?」
「あぁ、勿論だとも。君のお母さんと私は友達だよ。彼女はもう忘れてしまったと思うけどね」

 そう言うと寂しそうな顔をした。
 母はこの家の一人娘で、お父さんは婿養子だ。足の悪い母に変わって父がこの塔の管理をしている。昔は良くこの塔に遊びに来ていたと言っていた。足が悪くなったのは大人になってからで、最近は歩くのもやっとになってしまい、塔からは足が遠のいていた。

「母は……忘れて居ないと思います」

 僕は小さい頃母から聞いた物語の事を思い出す。この街は天使に守られていて、あの鐘は天使が来る時に鳴るのだと。誰かを誕生を祝福し、誰かを守り、誰かの死を悲しむ為の時計だと言っていた。
 小さな僕があの塔を怖がらない為に作った物語だと思っていたが、あれは本当の事だったのだと目の前の天使を見てそう悟った。

「そうか。あの子は私の事を覚えて居てくれていたんだね……」

 嬉しそうな顔を見て、僕も嬉しくなる。母の話をもっと聞きたかった。

「質問の答えがまだだったね。とはいえ、君はもう知っていたようだ」

 その言葉でやはり母のしてくれた御伽話が嘘で無かった事になる。あれはこの家に代々伝わるものなのか、それとも同じ様にこの鐘の所まで来た母が直接この天使から聞いた事なのか。
 恐らく後者だろう。この天使の表情と、幼少期お転婆娘だったという母の印象からそうとしか思えない。

「君は聡明な子だね。私が何も言わなくても自分で答えを見つけられる」
「僕の頭を覗いたの?」
「いや。覗いたわけでは無いさ。わかるだけだよ」

 「わかるだけ」というのがよくわからないが、きっとこの天使はその答えを教えてはくれないだろう。そういう所の察しだけは良いのだ。

「この鐘は……私達天使が鳴らしているのさ。この街の平和の為にね。この街は天使によって守られているということまでは知っているね。では何故この街を天使が守っているか知っているかい?」

 その質問には首を振る。そもそもこの街が天使によって守られていると知ったのは今だ。そんな事考えた事もない。

「そうか。ではその答えを探したまえ。真実はこの塔にあるよ」
「この塔に…?教えてはくれないの?」
「私の口から言ってしまったらつまらないだろう?それに君だって、答えを探したくてうずうずしている筈だ」

 言わるまでもなく、僕の心臓は高鳴っている。新しい謎、新しい真実。目の前の天使という不思議な存在ですらもう既知の過去の存在に成り下がってしまった。

「好奇心は誰にも止められない。君には謎を解いて貰いたんだ。まだ誰も知らないこの街の真実、この塔の秘密、そして私達天使の事を」
「貴方達の事も?」
「あぁ。この塔にはまだ私の知らない秘密も沢山眠っているって事さ。君の知りたい大火災の事だって、この塔には真実が眠っている筈だよ」
「天使も知らない真実が……ここに……」

 いいしれぬ高揚感が湧き上がる。まだ謎はこの塔に沢山眠っているのだ。天使も知らない秘密を暴いたなら、この世で最初にその真実に辿り着いた存在になるという事ではないか。
 僕はもうその謎を探したくて、秘密を暴きたくて、すぐにでも真実を探しに行きたい気持ちになっていた。
 自分ではわからないが、顔に出ていたのだろう。そんな僕の様子を見ていた天使がクスクスと笑っている。

「本当に君は……面白い子だね。祝福した甲斐があったというものだよ。君なら……あるいは僕達の真実にも辿り着けるかもしれないね」
「天使の真実?」
「フフッ。これは私から君へのプレゼントだ」

 そう言うと懐から輝く懐中時計を取り出して僕に手渡した。掌サイズのそれは開けると歯車が見える仕様のごく普通の時計だった。

「ヒントは時計の裏だよ」
「時計の裏……?」

そう言うとふわりと浮き上がりまたバサバサッと翼を羽ばたかせ空へと飛んでいってしまった。
 僕は地面に落ちた一枚の羽を拾い時計と共に握りしめた。
 鐘の音はいつの間にか静まっていた。

 ***

 これはこの街の真実を綴る僕の手記である。
 ここまでが第一章、僕と天使との出会い。そして今これを綴っているのはその時拾った天使の羽で作った羽ペンだ。
 その後謎が解けたのか、この街の真実が何だったのかは、この先のお楽しみだ。
 僕の記憶の記録共にこの街の謎を解き明かしていって欲しい。

#【鐘のある街】時を告げる

9/7/2023, 12:52:26 AM