なのか

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『見て』
部屋の勉強机に座って動画を眺めている時だった。画面にメッセージがポップアップされて半ば反射的にタッチすると、それと同時にもう一度通知音が鳴った。
二度目の通知音は写真だったようで、夕焼けの美しい橙色が雲を染めている写真が届いていた。見たところ、高校の帰り道に撮られたものらしかった。
『綺麗だね』
端的に感想を送ると、
『そうだけど そうじゃない』
とすぐに返事が来た。そうじゃないらしい。畳みかけてこないのは回答を催促されているのだろう。
『雲の形がいい感じだね』
いまいち意図するところが分からなかったので、それとなく探りを入れてみる。
既読がついてから少しして、眉間に皺を寄せて口を結んだ顔文字が返ってきた。
『雲の形は合ってる 何に見える?』
言われてみてみるけれど、インスピレーションに訴えかける何かはなかった。強いていえばゴジラとかに見えなくもない。
『降参です』
メッセージを送ると、電話がかかってきた。ついていた肘をなおしてから、スマホを持って耳にあてる。
『いちいち文字打つの面倒だから電話かけた』
まだ下校途中なのだろうか、息が乱れているような感じがした。
『まず、まんなか下くらいのの膨らんでる……』
彼女の説明は要領を得ないものだった。何故なら僕はそれを知らなかった。
『チーバくん知らないの!?』
どうやら、千葉県の形をモチーフにしたご当地キャラクターのようだった。スピーカーにしてから検索をかけると、写真の雲とたしかによく似ている形の、赤いお茶目な犬が出てきた。
『知らないのなら仕方ないなぁ』
『ごめんね』
なんとなくの癖で謝罪の意を口にしておく。儀式的な言葉であるので、彼女も気にせずに受け取るようになった。
それから十分ほどは、彼女がいかにチーバくんやその他ご当地キャラクターが好きかの話をした。僕でも知っている名前もあれば、当然知らない名前もあった。
『チーバくんいなくなっちゃった』
『千葉に帰ったんじゃない?』
『面白くない』
面白くない。
『近くに来てくれただけ良かったんじゃない?』
チーバくんだって忙しいだろうに。
少しの沈黙があった。
『空は遠いよ。』
何を伝えたいのかは分からなかった。
一つ、大きな息を吐く音が耳に残る。
『ねぇ、ご飯食べいかない? それか本屋でもいいよ』
『すぐに準備する』
わかったと、彼女は言った。待ち合わせ場所と大まかな時間を話して、通話を切った。
服装を整えながら、会ったら何を話そうか考える。
「よし」
洗面台の鏡で軽く髪を確認してから、靴紐を丁寧に結ぶ。
開けた玄関から目に飛び込む空は、いつもより高く感じた。

8/17/2025, 3:40:28 AM