「ああ…さむい…さむい……」
酷く寒い日のことだった。
痛い、手足の指先がどんどん冷たくなっていくのを感じる。体もさっきからずっと小刻みに震え続けている。
少しでもなんとか落ち着かせようと体を丸めて深く息を吸う。
ふとどこからか、甘い匂いが体内に入り込んだ。
「おいクソガキ!!さっさと食いもん取ってきやがれ!!…今度は迷惑かけんじゃねぇぞ、次はねぇからな」
真っ赤な顔をした男に蹴飛ばされ、バタンという大きな音が廊下に響き渡る。
食いものを取ってこいと言われてもあの昨日の今日だ。もうあの店には顔も覚えられているだろうしまた他の場所を探さなければならない。
でももし監視の強いところに当たってしまえばまた…ああもう考えるのはやめにしよう。
じんじんとする体をゆっくり起こすと、ガチャという音が後ろから聞こえた。振り向くと何か酷いものを見るような目でこちらを見つめる女の子が立っていた。隣の部屋に住んでいる人だ、見た感じ高校生くらい…だろうか。
「きみ…どうしたの?!」
俺の目線に合わせしゃがみこみ、わたわたとした様子でずっと喋りかけてくる。
「とりあえず、うち入って!!寒いでしょ?!」
流れるように招かれて彼女の部屋に入ると、あっという間に暖かい空気に包まれた。それだけじゃない、部屋の構図は俺の住む部屋とほとんど変わらないはずなのに全く違う、彼女の部屋は彩度の高い色がついているように見えた。
「あーえっと…名前はなんて言うのかな?」
微笑みかけるように彼女は言った。でも大人の質問に答えるなんてこと、絶対にしちゃいけないんだ。
1度だけ、今日のように追い出された時に交番に向かったことがある。なにかしてくれるんじゃないかと思った。
だけどそんな期待は呆気なく散った。
何度も謝った。許して貰えなかった。涙が出てしまった。正直、涙を見せると少しでも優しくしてくれるんじゃないかという淡い期待もあった。でも流せば流すほど痛い思いをした。だからもう、期待するのはやめた。
「ごめんね、うちジュースもお菓子もなくてね、何も美味しいものとかないんだけど…あ!そうだフレーバーティーとかどうかな昨日届いたばかりなの!」
また彼女はわたわたとした様子で俺に話しかけてくる。俺は口を噤んだまま彼女の様子を見続ける。
しばらくするとフレーバーティーというものを俺の前に置いてくれた。
あ、この匂い昨日の夜の…
「お口に合うといいんだけど…さっさ暖かいうちに飲んじゃって!!」
にっこりとした笑顔を向ける彼女のペースに流されるまま花柄のティーカップに口をつけた。
その瞬間、暖かく優しいものに包まれていくような、そんな味が染み込んだ。再び彼女の顔に目を向けると、どんどんと視界が滲んでいった。
〖紅茶の香り〗
10/27/2024, 3:50:09 PM