かたいなか

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「だから、一人で『居たい』、『痛い』、『遺体』。まぁ普通に考えりゃ『居たい』だろうな」
ひらがな表記は「漢字変換」で色々アレンジできるから便利よな。某所在住物書きはスマホで「いたい」の変換候補を見ながら、「居たい」が良いか「痛い」が物語を組みやすいか、思考していた。
「一人で居たいのは、ぼっち万歳ストーリーよな。痛いハナシは痛覚的にタンスに指ぶつけたとか、痛車痛スマホとか?一人して痛い思い、痛いこと……」
一人して痛いことをしているハナシとか?物書きは言いかけ、身に覚えがあり、一人で勝手に悶絶する。
「昔、ガキの頃、どちゃくそにメアリー・スーな二次創作ばっか書いてた、な……」
よって、物書きは一人で、痛い古傷にうめいている。

――――――

職場の先輩が、ちょっと体調悪そうな顔で出勤して、いつもは飲まないのに、眠気解消系ドリンク1本デスクに置いて。それで仕事してた。
「最近、どうにも眠れなくてな」
先輩は言った。
「まったく困ったものだ。夜は無理矢理寝て時々目が覚めて、朝は無理矢理起きて睡眠時間が足りない」
大丈夫。捌くべき仕事はしっかり捌くさ。
あくびを噛み殺しながら言う先輩の目は、言われてみればなんとなく、うっすら、本当にうっすら、クマができてるように見えなくもなかった。

「時々起きるって、心配事か何か?」
「どうだろうな。心配事といえば、心配事か。それのせいで夢見が酷く悪い」
「いつ頃から?もしかして、先々週から?」
「さぁ?先々週といえば先々週かもしれないし、それより後といえば後かもしれない」

「例の初恋さん?」
「お前は気にしなくてもいい。私自身の問題だ」
「つらいの?夢に出てきて怖いの?」
「黙秘。本当に、気にするな」

パチパチパチ。眠気打破ドリンクに口をつけて、ノートのキーボードに指を滑らせる先輩を見て、私はなんとなく理由が分かった。
先々週、ちょっとメタいハナシをすると、18日か19日あたりのハナシだ。

先輩には、昔々先輩の心をズッタズタのボロッボロに壊した、初恋さん兼失恋さんがいて、先輩はそのひとから8年くらいずっと逃げ続けてて、
先々週、道でそのひととバッタリ会った。
私もそこに居たから分かる。先輩はすごく怯えてて、怖がってて、ともかくその場からすぐ離れようと、必死に走って逃げてた。加元さんとか言った筈だ。
私は直感で察した。そのひとだ。きっとそのひとが、先輩の夢に出てくるんだ。

「先輩、私、何かできることある?」
「気にするなと言っただろう。いちいち私のことなど気にかけていては、体がもたないぞ」

パチパチパチ、カタタタタ、パチパチパチ。
先輩は自称人間嫌いの捻くれ者だけど、ぶっちゃけ、根っこは誠実で優しくて、寂しがり屋で、人に頼るのがバチクソ不得意だ。
他人の困り事には何度も手を差し出すのに、そのくせ自分の困り事は自分の中にしまい込む。
先輩は、だから、一人でいたいのを耐えてる。一人ぼっちで痛いのに対処してる。

「……ケチ」
「なんだって?」
「なんでもないでーす」

長いこと一所に仕事してきたんだから、長いこと私の痛いのを助け続けてくれたんだから、
こういう時くらい、私にも、先輩の痛いところ触らせてくれたって良いじゃん。ケチ。
とゴネたところで、どうせ先輩はケチだ。
私はゴネるかわりに口を尖らせて、アゴを上げて、どちゃくそにスネてみせた。

7/31/2023, 2:17:06 PM