この家に越してきて本当によかった。人づてにこの家が取り壊されると聞いた時、思い切って購入に踏み切った自分のことをとても誇らしく思う。
ここにいて、この閉ざされた日記帳を眺めていると、この日記を大事に書いていた少女の頃の思い出が溢れてくる。
兄と弟と比べてお手伝いを言い付けられて嫌だったこと。
教師の言うことに納得がいかず、反発してクラスメートから遠巻きにされたこと。
そして、近所に住む東京から遊びに来ていた可愛い女の子に憧れと妬みをもって遠くから眺めていたこと。
どれもとても色鮮やかだ。
まさにその女の子が遊びに来ていたこの家は
荘厳でモダン。そして、中に入れば意向を凝らした造りになっていて、光をたっぷりと取り入れる窓のお陰で明るく温かな雰囲気が漂っている。
この明るいリビングの肘掛け椅子に座って、日記帳を眺めつつ、お茶を飲むことが1日の中で1番大切な時間だ。
この日記帳はこの家に引っ越す荷物をまとめている時にでてきたものだ。
すっかり忘れていたくせに、存在を認めてしまうと大事なものになるのは面映ゆい。
それにしても、今日こそ日記帳は開くだろうか。
真ん中にぐるりと周った帯を繋ぐように鍵が掛かっている。
鍵はありがたいことに紐でしばってセットになっていたので、この鍵穴に差し込んでまわすだけで、この日記帳は開くのだが。
いかんせん、長い間使っていなかったために、錆び付いてしまいどんなに力を込めても鍵がまわる気配がない。
もう少し若く力がある時に日記帳をひらけばよかったのだが、あいにく今の自分は非力なお婆さんだ。
今日も一応鍵がまわるか挑戦してみるのだがとてもできる気がしない。
早々に諦める。
いつかこの鍵で日記帳が開かれて、中身を読むことはできるだろうか。
少女の頃の自分はどんな秘密や思いをここに綴ったのだろうか。煌めいたものばかりでなく、批判や悪口、面白くないことも書いてあるだろう。
自分にそのような部分があったことは十分理解している。
読みたいような、読みたくないような。
そんな風に曖昧だからこの鍵はひらかず、日記帳は閉ざされたままなのかもしれない。
そして、ひらいてしまったら、夢がひとつ終わってしまうような、そんな気分になってしまいそうな予感もある。
まぁいい。日記帳の鍵に向き合うのは明日に持ち越そう。
今日は眺めるだけでいい。
いつまで続くかわからないこの時間を今は大事にするとしよう。
1/18/2024, 2:34:13 PM