燈火

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【秋恋】


あ、言っちゃった。そんな顔で君は口を抑えた。
まんまるの目が不安げに私の反応をうかがっている。
反射的に目を背けた。面映ゆくて頬に熱を感じる。
明らかな独り言なのに慈しむ響きがあったから。

いつから、なんて考えてもわからない。
もう一度目を向けると、暗い顔で俯いている君。
勘違いさせてしまったのだと気がついた。
「ご、ごめんね」咄嗟の言葉でまた傷つけてしまう。

悲痛な表情の君を眼前に、私の頭が真っ白になる。
「ち、違う。違うの。ごめんねってそうじゃなくて」
どう言えばいいのか。焦りで言葉が見つからない。
でも、誤解を解くのは今でないと。「……嬉しくて」

私の小さな呟きひとつで、君は花咲く笑顔に変わる。
本当に? 信じられない、って喜びが溢れている。
「嫌でなければ、手、繋いでもいいですか……?」
探り探りの距離感。初々しい照れが伝染する。

そっと差し出した右手に、君は大切そうに触れる。
宝物に触れるような手つきがくすぐったい。
ぎゅっと握れば、君もゆっくりと力を込めた。
それだけで、心臓が暴れて落ち着かない。

「戻ろっか」なんとか現実に意識を引き戻す。
買い出しのためにサークルの集まりを抜けてきた。
あまり遅くなって変に揶揄われるのは嫌だ。
踵を返すと、繋ぎっぱなしの手が控えめに引かれた。

「もう少しだけ、歩きませんか?」
君のお誘いに頷き、寄り道の終わりを引き伸ばす。
日の入りが早くなり、風も冷たくなってきた。
だけど。君の体温に触れていれば、寒くない。


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 ───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/9


大きめのボックス車の二列目に私は座っていた。
前後に男性が二人ずつと、右隣に髪の長い女性。
真横の扉が開いて、眼鏡の男性が入ってきた。
遅刻してきたその人は私と女性の間に座る。

「なにその大荷物」助手席の青年が白い目を向けた。
「あ、聞いちゃう? いいよいいよ、これはね」
ウキウキと眼鏡の男が膨らんだリュックを漁る。
「とりあえず出すぞ」最年長の男が車を出発させた。

七人も乗っているのに、不思議と車内は広く感じる。
動き出した後も眼鏡の男は次々と荷物を散らかす。
青年はハナから興味がなく、とうに前を向いている。
後部座席にいる双子の学生はスマホに夢中だ。

両隣の私と女性が標的にされて共にうんざりする。
傍聴者がいなくても需要のない荷物紹介は続く。
眼鏡の男は心配性なのか、無駄な荷物が多い。
外を見て聞き流していたが、ある言葉に耳を疑った。

「これが室内履き。で、これがかかと踏む用」
色も形も、履いているものと全く同じ靴。
いやいや、かかと踏む用って何? それ、いる?
間違いなく本人を除く全員が疑問に思った。

女性は「は?」と呟き、私はただ冷ややかに見た。
振り返り、「邪魔じゃん。置いてこいよ」と青年。
我関せずと後ろで騒いでいた双子も一瞬沈黙した。
「相変わらずだな」と慣れきった最年長は苦笑い。

そこで目的不明のドライブは強制終了を迎えた。
結局、七人はどういう関係なのだろうか。
始まったばかりの夢の続きを知る手段はない。
だって、眠り続けることはできないから。

10/10/2025, 6:19:19 AM