池上さゆり

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 その日の朝。友達の父親の顔がテレビに流れていた。娘に性的虐待をしたという疑いで逮捕されたとのことだった。
 学校に行くと、案の定その事件について学校中がもちきりになっていた。
 私は泣きたい気持ちを必死に堪えながら、教室で友達が登校してくるのをじっと待った。一体どんな思いで毎日あんな被害に耐えていたのだろうか。毎日どんな思いで笑顔で学校生活を過ごしていたのだろうか。考えれば考えるほど、友達としてなにもできなかった自分を恥じた。何度だって助けてのサインはあった。でも、私はそれに気が付かなかった。どんな言葉が最適なのだろうかと悩んでいると、突然教室の音が無くなった。パッと顔を上げると、友達が教室のドアをあけて立っていた。その表情にいつものような笑顔はなく、すべての光を閉ざすように髪が下ろされている。いつもの揺れるポニーテールが幻だったのかと思うほど、面影がなく疲れ切った顔をしている。でも、これが本心だったのだ。今まで必死に偽って隠して生きていたのだろう。だから、事件が大っぴらになって、隠す必要がなくなって、今、素の自分でいるのかもしれない。立ち上がって駆けつけようとする頃には、教室に音が戻っていた。
「ねぇ、大丈夫……?」
 声をかけたが、無視された。私の横を通り過ぎて自分の席に座る。
「よく学校来れるよね」
「あれってどこまでヤったんだろうな」
「父親に犯されるとかエグすぎ」
 みんなが面白おかしく、本人に聞こえる声で話す。近づいて、今度は正面に向かい合った。
「つらかったよね。何にもできなくてごめん」
「なんで謝るの? 私助けてなんて言ってないでしょ」
 それでも、と言葉を続けようとしたところで彼女は爆発した。
「テメェら全員面白がってんじゃねぇよ! いいよなぁ。まともな親のもとで生まれて、ちゃんと愛されて育った奴らは。全員、死んでこいよ」
 以前の彼女からの口からは出てこなかったであろう鋭い刃のような言葉に手を差し伸べた。落ち着いてほしいと、その一心で。だが、すぐに払い除けられる。
「お前も、同情してんじゃねぇよ」
 荷物を席に置いたままにして、教室を飛び出した彼女を追うことはできなかった。再び、教室から音が消える。
 それから、彼女は一度も学校に来なくなった。いつの間にか行方不明との噂が広がった。彼女が生きているかどうかを知る者は誰一人としていなかった。

2/20/2024, 1:45:23 PM