椋 muku

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私は君との関係に終わりを告げることを望んでいない。君だってそうでしょう?
私たちはこの曖昧な関係に依存してしまったのだから。

今日。厚く重い雲が広がっている空から降ってきたのは冬からの贈り物、雪。ではなく季節外れの雨だった。外気は冷え込んでいるくせに生ぬるい中途半端な雨粒がこの身に落ちてくる。寒いのかそうでもないのか、はっきりしなかった。
君とまた距離を置いてしまった。私には人気がある君に近づくことは難しい。いつも近くに人が群がっている君に話しかけるという行為は君を取り巻く不特定多数の人間からの恨みをかうことになるからだ。勇気は出ない。それでもお互いに一緒にいたいと思い合っていることは変わらない。付き合ってもないくせに。最近は君が構ってくれないから君から自然と距離を置いていた。君のことをみないように。

帰り道。雨は小雨に変わり、傘を差さずとも歩ける程度だった。委員会終わり。私はいつも通り1人でとぼとぼと帰途についた。タイヤが水をかき乱す雨の日はいつも以上に車の音がうるさく感じた。その音に混じって誰かの走る足音。それは確かに私に近づいてくる。振り返るとそこには私が以前好きだった彼がいた。

「よっ」

軽々しい挨拶をして自然と私の車道側を歩く。挨拶には頭だけを下げた。彼は相変わらずで私と話す時も少し素っ気ない。それでも私との会話を楽しんでいるようで私をおちょくるようなことも言っていた。久しぶりの彼との帰り道に何故だか雨も止んでしまった。私自身も心が少し軽くなったような気がした。彼は誰かと話す時、あまり相手の目を見ない。彼が私と話す時、私の目を真っ直ぐに見てくれる。久々に彼の真っ直ぐな視線を見ると何故か目を逸らしてしまいたくなった。
彼の家は私と少し逆方向なのにわざわざ少し遠回りになる道を通って帰る。私が家に入るまで。必ず彼は見届けてから帰る。意図的なのか無意識なのか。彼は今でも変わっていなかった。

「先、帰っていいよ。俺、帰る時の背中見送られたくないから」

嘘。彼が私がちゃんと帰るところを見届けたいのはもうわかっていた。変わらない癖。彼に軽く挨拶をして家に入る。と同時に君に未練タラタラな自分がいたことに気づいた。彼のことを諦めた理由なんて本当はなくて未だに諦めきれていない自分を隠すためのはったりだった。


君との関係。それは曖昧でだけれども誰よりも親密で。
彼との関係。それほど親密でもなければ冷めきった訳でもない。
彼に愛されたかった。彼が望んでいた愛を与えたかった。
君と楽しみたい。君に必要とされたい。
そんな後悔と願望が深く絡まり合う。
諦めきれなかった彼。私を必要としている君。

どうか、さよならなんて言わないで。ね?

題材「さよならは言わないで」

12/3/2024, 11:50:33 AM